エピソード 2ー13

「ソフィアよ、セシリアの言葉は誠か?」


 アラン陛下が問うと、私にも拡声の魔導具が差し出された。それを受け取った私は深呼吸をして気持ちを落ち着け、かねてより考えていた言い訳を口にする。


「セシリアに私の治癒魔術のイメージを教えたのは事実です」


 その言葉に会場が大きく揺れた。「では、真の聖女は彼女なのか?」なんて声まで上がる。放っておけば、真の聖女は私だという声が大きくなるだろう。

 だから――


「しかしながら、私がお伝えしたのはあくまで術の行使に使うイメージです。決して特別なものではありません」

「劇的な効果が現れたというのに特別なものではない、と?」

「はい。その証拠が、そちらの二人です。セシリアとアナスタシアは、私から学んだ方法で、私よりも高い効果を得ることに成功しました。それこそ、聖女の資質ではないでしょうか?」


 私はすごい術を知っていただけ。その術を使いこなす二人の方が優れていると、私は話の論点をずらした。アラン陛下の顔に理解の色が浮かぶ。


「……なるほど。公爵家の娘であれば、変わった術式を知っていても不思議ではない、か」


 アラン陛下の呟きを聞き、上手くいったと心の中で歓喜する。次の瞬間、アナスタシアが緊張しながら発言の許可を求めた。というか、貴女までどうして……っ。

 動揺する私をよそに、発言の許可を得たアナスタシアが口を開いた。


「私もソフィア様から治癒魔術を学びましたが、彼女の教えは、いままで聞いたことのないものでした。特別だというのなら、彼女の知識こそが特別なものでしょう」

「……なるほど」


 なるほどじゃないよ、アラン陛下! そこは説得されないで! と、祈るような視線を向けていると、司祭に係の者がなにかを耳打ちした。

 それを聞いた司祭が、今度はアラン陛下に耳打ちをする。


「……よかろう。ならばその者をここへ」


 陛下の言葉を受け、誰かが舞台へと招かれる。そうして現れたのは――ギルドマスターのヴィランズだった。彼は陛下のまえで臣下の礼をする。


「ヴィランズ、冒険者ギルドのマスターだな? そなた、聖女の件で話があるそうだな」

「はい。恐れながら申し上げます。そちらにいらっしゃる聖女候補の三人は先月より、ギルドにて負傷者の治療をするという訓練をおこなっておりました。その際、たしかにソフィア様以外のお二人の治癒速度は、一般よりも少し優れた程度でした」

「……つまり、ソフィアだけが特別だった、と?」

「その通りです、陛下」


 いやぁぁあぁぁぁぁっ。私を思っての発言だと分かっているけれど、その優しさはやがて世界を滅ぼすんだよ! もう止めてと、私は心の中で悲鳴を上げる。


「しかし、ヴィランズよ。ソフィアはその知識が特別なだけで、自分は特段優れている訳ではないと申しているが、その件についてはどう思うのだ?」

「能力的にということであれば分かりかねます。しかし、彼女はその知識を希望するほかの治癒魔術師にも公開してくださいました」

「……なんと! あれほどの技術を一般に広く公開したと申すのか!」

「しかも無償でございます! そのうえ、彼女の指示に従ったところ、いままで10%を超えていた負傷者の死亡率が0%になりました!」

「なんと、それは誠か!?」


 ざわりと会場が揺れた。あちこちから、「それはまさに聖女の所業では?」なんて声が聞こえてくる。そんな中、ヴィランズはさらに言葉を重ねる。


「あくまで私個人の意見ですが、そのような技術を無償で公開するソフィア様こそ、聖女のようなお方だと愚考いたします」


 違う、そうじゃないの! みんなが使えるようになったら、私の特別感が薄れるかなと思って公開しただけなの! だからそんなふうに称えないで!


 って言うか、この世界の人達、なんでこんなに優しいのよ! こういうときって、難癖付ける人が現れたりするんじゃないの? 

 たとえば、「さきに練習をしてるなんて、情報をリークされていたのでは?」とか「その技術を知っていたら、私の方がいい結果を出せたはずですわ!」とか難癖付ける人が現れたりするのはお約束でしょ? エリザベスとか、そういう役目じゃないの? なんで、拍手してるのよ! もういい、誰か悪役令嬢を呼んできて! って、悪役令嬢は私だよ!


 もうダメだぁ……と呻く私のまえで、アラン陛下が「そうか」と力強く頷いた。それから、司祭になにかを耳打ちして、互いに深く頷き合った。


「ソフィアが聖女にふさわし人間だというのはよく分かった」


 アラン陛下の言葉に私は絶望しそうになる。だけど、彼の言葉には続きがあった。


「しかし、それを隠さずに打ち明けたセシリアもまた聖女にふさわしい心の持ち主と言えるだろう。それに、今回の試験はあくまで治癒魔術の能力を測るものである。よって、順位は変えぬものとする。素晴らしい聖女候補達に拍手を!」


 アラン陛下の言葉に、客席から歓声が上がった。

 その展開に、私はぐっと拳を握りしめた。一時はどうなることかと思ったけれど、私の望み通りに、セシリアが最初の試練で一番を獲得した。

 このままいけば、原作通りにセシリアが聖女に選ばれるだろう。いまのセシリアはまだ未熟だけど、瘴気溜まりが発生するまでまだ一年くらいある。

 それまでにもっと彼女を鍛えよう。そんな決意を露わにしていると、騎士がアラン陛下のもとへと駆け寄って、険しい顔で耳打ちをした。


「森で瘴気溜まりが発見されました」


 唇の動きから読み取れたのは、世界を滅ぼす破滅の産声だった。

 

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