エピソード 3ー12

 セシリアのことをアナスタシアに任せ、私はシリル様のもとへと向かおうとする。だけど、そこに騎士団長のアルスターが立ちはだかった。


「……なんのつもり?」

「シリル様は聖女候補の皆さんを護るためにここに留まったのです。その想いを無駄にしないでいただきたい!」

「だからシリル様を見殺しにしろ、と?」


 アルスターが拳を握りしめた。必死に怒りを押し殺そうとして、だけどそれを失敗している。彼は拳を震わせる。


「半年前、私はシリル様を護れませんでした。出来ることならば、二度とあのような失態は犯すまいと思っています。ですが、シリル様の命令は貴女達を護ることなのです!」


 シリル様、部下に愛されているなぁと、思わずそんな場違いなことを思った。それから「誰も死なない方法があると言ってもダメかしら?」と微笑みかける。


「……なにをおっしゃっているのですか?」

「聞こえていたでしょう? いまから瘴気溜まりを浄化する、と」

「それは、貴女が真の聖女だと言うことですか?」

「いいえ、私は聖女じゃないわ。けど、あの瘴気溜まりを浄化するあてがあるの」

「あて、ですか。失敗したときのことを考えていますか?」


 アルスターがまっすぐに私を見る。


「心配しなくても、大丈夫よ」

「確証がある、と?」

「いいえ。だけど、貴方が護るのは聖女候補だけでしょう? 私が浄化に失敗すれば、それは私が聖女ではないという証明になる。貴方が護る必要のない人間ということよ」


 だから、貴方は命令違反にならない。そんな私の言外の意図を読み取ったのか、騎士は大きく目を見張った。私はさらに畳みかけるように言葉を重ねる。


「大丈夫、成功させるわ。それに、シリル様を救いたい気持ちは同じでしょう?」


 だから私の行動を見逃しなさいと、まっすぐにアルスターを見つめた。私の視線と彼の視線が交錯する。わずかな沈黙のあと、彼は覚悟を露わに頷いた。


「分かりました。私も手伝います」

「……いいの?」

「娘には叱られそうですが……半年前、貴女に庇っていただいた恩を返していませんでしたからな。いま、ここで貴女に恩を返しましょう」


 まさか、あのときの行動がこんなふうに影響するなんてと目を見張る。私はそれならと要望を伝えた。


「……本気ですか?」


 アルスターが目を見張る。


「本気よ。それに、失敗しても聖女じゃなかった人間が一人消えるだけよ」


 そう言って笑えば、アルスターは苦笑した。


「貴女は聖女と言うよりも英雄の類いですね」

「それなら、貴女はその英雄に仕える騎士かしら?」

「残念ながら、私の仕える主はシリル様でございます」

「そこは合わせなさいよ」


 私は笑って、「いくわよ!」と駈けだした。その横にアルスターが並ぶ。瘴気溜まりを目指せば、その行く手を阻むように、シャドウビーが襲い掛かってきた。だが、そのシャドウビーは炎に包まれる。


「ソフィア様、そのまま走ってください!」


 エリザベスの声だ。彼女が魔術で支援してくれたらしい。さすがエリザベスと心の中で称賛を送り、私はそのまま敵の合間を突っ切った。


「ソフィア様、私が先行します!」

「ええ、任せるわ!」


 アルスターがまえを走り、私はその後に続く。前線に到着すると、私に気付いたシリル様が「ソフィア、なにをしている!?」と驚きの声を上げる。


「シリル様、私があれを浄化します!」

「は? なにを……っ」


 説明する間も惜しんでシリル様の横を駆け抜け、大きな半球体へ迫る。が、行く手には魔物が隊列を組んで立ちふさがっている。

 あれを突破しないと瘴気溜まりを浄化できない。どうすると逡巡していると、まえを走るアルスターが、その魔物の手前で足を止めて振り返った。


「ソフィア様!」


 アルスターが腰を落とし、両手の指を下向きに組んで腹の前で固定する。

 即座に意図を読み取った私はその手に片足を掛け、反対の足で地面を蹴った。その瞬間、アルスターが腕を振り上げれば、そこに乗っていた私は空を舞う。


 隊列を組む魔物の前列を飛び越える。だが、群を抜けるには飛距離が足りそうにない。このままだと、魔物の集団の中に落下することになる。

 あとは自力で突破するしかない。そう覚悟を決めた瞬間――


「足場だ、ソフィア!」


 シリル様の声が聞こえた。

 脳裏に浮かんだのは、半年前の湖畔の魔術発表会でシリル様が見せた魔術。

 とっさにつま先に意識を集中させれば、つま先が見えない地面に触れた。刹那、足で反動を吸収、その地面を蹴って再び空を舞った。空中での二段ジャンプ。瘴気溜まりを護る魔物達が、空を舞う私を見上げて驚いた顔をしている。


 残念だったわね。この身体の運動神経は完璧なのよ!


 今度こそ魔物の守りを飛び越え、瘴気溜まりに取り付いた。まるで泥に突っ込んだような抵抗を感じながら右手を瘴気溜まりに突っ込み、そに手に握るネックレスに魔力を流そうとした。


 ネックレスには、セシリアの――聖女の魔力が込められている。私が新たに魔力を込めれば、聖属性の魔力が瘴気溜まりに流れ出ることになる。それで瘴気溜まりを浄化する算段。だけど、私の放出した魔力が瘴気溜まりに吸い込まれていく。

 計算外だ。このままじゃ魔石の魔力が溢れない。


「――あぶない!」


 切羽詰まった誰かの声が聞こえた。振り返ると視界の隅に無数のシャドウビーが迫っていた。慌てて結界を張ろうとするけれど、その魔力もまた瘴気溜まりに吸い込まれる。

 迫る無数のシャドウビー。死を覚悟した瞬間、誰かの張った魔術が、剣が、次々にシャドウビーを撃ち落として行く。

 チャンスはいましかない。


「浄化しろおおおおおおおおっ!」


 全身全霊で魔力を放出する。直後、真っ黒な瘴気溜まりの内側から、ヒビが入ったかのように無数の光が走った。そして次の瞬間、半球体の瘴気溜まりが砕け散る。

 足場を失った私は落下して――そこで意識を失った。

 

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