エピソード 4ー8

 壇上に立った三十名の聖女候補の中で、セシリアだけがその手に持つ魔石を煌めく金色に変えた。周囲の貴族たちはその光景に目を見張り、驚きの声を上げた。


 セシリアが真の聖女に違いないという声が上がる。だが、魔石の性能などに疑いを持つ声も上がる。現時点では、セシリアが聖女かも知れないけれど、そうじゃない可能性もある。ひとまず注視しようといった雰囲気だ。

 そんな中、シリル様が壇上に上がり、会場に再び沈黙が降りた。


「ソフィアは自分が聖女ではないと言った。だが、彼女は瘴気溜まりを浄化した。彼女が聖女でないのなら、なぜ瘴気溜まりを浄化できたのか? その理由がこれだそうだ」


 シリル様の言葉に、会場の者達はポカンとした顔をした。けれど一呼吸置いて、答えに至った者達の表情が変わる。エリザベスが手を上げ、発言の許可を得て口を開いた。


「シリル様、それはつまり、聖女の魔力が込められた魔石を使えば、私達でも瘴気溜まりを浄化することが可能――ということでしょうか?」

「検証は必要だが、浄化した状況から考えて間違いないだろう。これは、今後も発生するであろう瘴気溜まりに対して大きな武器となるはずだ」


 会場がどよめきに包まれ、周囲から様々な声が聞こえてくる。


「まさか……そのような方法で?」

「だが、ソフィア様はそうやって浄化したと言うなら事実ではないか?」

「では、各地で同時に瘴気溜まりが発生したとしても対応できる、ということか……?」


 多くの意見が飛び交う中、シリル様は静まれと皆を制した。


「我らは一つの瘴気溜まりを浄化した。だが、予言によれば、瘴気溜まりはこれからも発生するはずだ。そのとき、答えは自ずと明らかになるだろう。また、いまの話から分かるように、聖女の魔力を扱う者も求められる。聖女候補には引き続き助力を頼みたい」


 シリル様はその後、魔石の検証と量産に力を注ぎ、これから発生するであろう瘴気溜まりに備えるといった話をして壇上を降りた。


 こうして話は終了するが、多くの者がその場に残って意見を交わしている。中でも、私とセシリアのもとには多くの人が詰めかけていた。


「ソフィア様、自らが聖女ではないと打ち明ける高潔さに感動しました」


 そうやって私を持ち上げる者もいれば、


「セシリア様、私は最初から貴女が聖女だと思っていました」


 なんて感じでセシリアを持ち上げる者もいる。

 いずれにせよ、私やセシリアとの繋がりを持とうとしている者達だ。一方的に寄生しようというなら問題だが、互いに利益を出せるのならば邪険にする必要はない。

 私は彼らの真意を見極めるために、矢面に立って話を聞いていた。そんな中、セシリアのまえにレミントン子爵が現れた。


「……レミントン子爵様」


 セシリアがぽつりと呟いた。

 ウィスタリア公爵の娘となり、聖女となった彼女が子爵を様付けで呼ぶ必要はないのだけれど、きっと養女だったときにそのように呼ばされていたのだろう。

 私はセシリアのまえに立ち、「なにかしら?」とレミントン子爵に尋ねた。


「これは不思議なことを。我が娘にお祝いの言葉をするのは当然ではありませんか」


 レミントン子爵は恥知らずにもそんな言葉を口にした。

 悪手ね。私が側にいなければ、その手でもう一度セシリアを取り込めたかも知れない。だけど、私が側にいて、そんなマネは絶対に許さない。


「レミントン子爵、誤解を招くようなことをおっしゃらないでください。いまのセシリアはウィスタリア公爵家の養女、私の妹ですよ」

「――なっ」


 知らなかったのだろう。彼はさっと顔色を変えた。それから悔しげに唇を噛み、私のことをきっと睨み付けた。


「セシリアは我がレミントン子爵家の養女です。まさかウィスタリア公爵の娘ともあろう者が、聖女だと分かった途端、私から彼女を取り上げるつもりですか?」


 自分が被害者だと周囲に訴える。それを聞いた周囲の者の一部が、私に疑問の視線を投げかける。それを見たレミントン子爵が密かに得意げな顔をした。

 もしかして、この程度で言いくるめられると、私を侮っているのかしら? 


「面白いことをおっしゃいますね。貴方はセシリアが聖女ではないと考え、自ら養子縁組を解除したではありませんか。学院に退学届まで出したのに、忘れてしまったのですか?」


 その言葉だけで、周囲の者達の心情が私よりになった。


「そ、そのような事実はありません」

「あら、そうかしら? セシリアは養子になる条件として受けた孤児院へ援助金を、レミントン子爵家に返済するようにせまられたと言っていますが?」

「そ、そのような事実はありません! それとも、証拠でもあるのですか!?」


 そう捲し立て、言い逃れようとした。たしかに、この場を切り抜ければ、後でなんとでも言い訳をすることは出来るだろう。

 でも残念。今日この場で、セシリアが聖女と認識されると私は知っていた。だから、レミントン子爵がなにか言ってくるのは予測済みだ。


「――クラウディア」


 私が声を掛ければ、彼女は即座に書類を取り出した。私はそれを受け取り、レミントン子爵のまえで広げて見せた。それを見たレミントン子爵の顔色が青ざめる。


「援助金の返済を迫る貴方からの手紙と、返済したときにもらった完済証明よ」

「そ、それは、その……」


 レミントン子爵は視線を彷徨わせて言い訳を探す。だが、そんな隙は与えない。


「ここに貴方の署名があります。一枚目の内容は、契約不履行による養子縁組の解除と、それに伴う援助した資金の返済を迫る内容ね。そして二枚目は、それを完済した証明書です」


 周りに説明するように声を上げれば、それを聞いた貴族達が顔をしかめた。


「聖女でなかったからと養子縁組を解除するだけならまだしも、聖女だと分かったからと言って、嘘まで吐いて引き戻そうとするとは……」


 ざわざわと聞こえる声。レミントン子爵は顔を羞恥や怒りで真っ赤に染めた。


「……ど、どうやら、行き違いがあったようです」

「そうですか。つまり、セシリアと貴方はもはや無関係、ということですね?」


 元養父という関係すら断ち切るために、ここで無関係だという言質を取る。それに気付いたのか、彼は悔しげに顔を歪めた。だが、最終的には渋々といった顔で頷いた。


「……はい。ソフィア様のおっしゃるとおりです」

「そうですか、ならばよいのです。ですが、そのような誤解をなさるなんてお疲れのようですわね。今日はもう屋敷に戻って休まれてはいかがですか?」

「お心遣いに感謝、いたします」


 レミントン子爵は強く拳を握りしめて立ち去っていった。それを見送っていると、不意に袖を引かれた。振り返ると、俯いたセシリアが私の袖をギュッと掴んでいた。


「ソフィアお姉様、ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」

 

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