エピソード 4ー7
セシリアが私の妹になって一週間が過ぎた。セシリアは無事に学院に復学。いまでは私の妹として学院に通っている。
そんなある日、聖女候補が再びルミナリア教団の神殿に集められた。金色に輝く壁彫刻と高い天井が特徴的な神殿の大広間に、聖女候補の他にも多くの貴族が詰めかけている。
陛下から通達があったものの、内容については重大な発表があるとしか告知されていないため、彼らはひそひそと憶測を口にしていた。
「……一体なんの発表だ?」
「先日、ソフィア様が聖女であることが発覚したでしょ。その表彰ではないかしら?」
「いや、表彰式は既に終わっている。それに、陛下はソフィア様を救国の英雄といい、聖女という言葉を使わなかったそうだ。聖女はまだ決定していないのではないか?」
「だが、聖女がいなければ、瘴気溜まりは浄化できなかったのではないか?」
「それが、可能だという話だ」
「ならば、ほかの聖女候補にも利用価値があるということか……?」
そんな声がそこかしこから聞こえてくる。それが原因か、事情を知らない者達から、チラチラと気遣うような視線が私に向けられる。
そんな中、レミントン子爵が私の下へとやってきた。
「ソフィア様、ご機嫌麗しゅう」
「こんにちは、レミントン子爵」
私は内心の敵意を隠して微笑んだ。彼は私の心の内には気付かずに「本日はおめでとうございます」と笑みを返してきた。
「……なんのことでしょう?」
「隠さずともよいではありませんか。今日、聖女の発表があるのでしょう?」
「……あぁ。まぁ、そうですね」
私は内心で笑った。その聖女は私ではないから。
「おぉ、やはり。これでウィスタリア公爵家は安泰ですな」
「そうですね。ところで――セシリアのことはもうよいのですか?」
ここで彼がどう答えても、セシリアを帰すつもりはない。それでも、最終的な確認の意味で問い掛けた。だけどレミントン子爵は「セシリア? あぁ、あの孤児のことですか。彼女がどうかしましたか?」と口にする。
私は静かに首を横に振り――レミントン子爵に失格の烙印を押した。
ほどなく、司祭とアラン陛下が壇上に姿を現すと、一斉に貴族達の話し声が消えた。シンと静まり返った神聖な大広間で、アラン陛下の声が響く。
「そなたらが知っての通り、先日、瘴気溜まりが発生した。放っておけば国が滅びかねない危険な存在だが、心配することはない。瘴気溜まりは救国の英雄によって浄化されている」
アラン陛下が再び聖女という言葉を避けたことで小さなざわめきが広がった。
「静まれ。そなたらが、私の言い回しに疑問を感じていることだろう。その答えは彼女が教えてくれる。――ソフィア、こちらへ」
紹介を受けて、私は壇上に上がった。それからこちらを見つめる貴族達を見回し、一度だけ大きく深呼吸をした。
「みなさん、私は瘴気溜まりを浄化しました。しかし、私は聖女ではありません」
どよめきが私の身体を突き抜けた。意味が分からない。理解が出来ない。そんな声が神殿の大広間に響いては消えていく。
私は首に掛けていたネックレスを外して皆に見えるように掲げた。
「これは特殊な魔石で、魔力をチャージすることが出来ます。その際、魔力を込めた術者の得意属性の色に染まるという特徴がございます」
私はそう言いながら魔力を流し、魔石を水色に染め上げた。
「ごらんのように、私が得意とするのは水の属性です」
それを見た貴族達が、そんな魔石が本当にあるのか? といった感じでざわめいた。そんな中、司祭が「ソフィア様に質問がございます」と口にした。
「なんでしょう?」
「その魔石が、得意な属性の色に染まるというのは事実でしょうか?」
「ウィスタリア家で試した限り、その法則は破れていません」
「……なるほど」
司祭は少し考える素振りを見せると、それからアラン陛下へと向きなおった。
「アラン陛下、実は聖書には、聖女は黄金の魔力を持つという記述がございます。いままでは魔力の色を見ることは叶いませんでしたので、確認する術はありませんでしたが……」
「ふむ。あの魔石を使えば、聖女を探し出せる、という訳だな」
「おそらく」
アラン陛下は少し考えた後、「ならば、聖女候補に試してもらおう」と口にした。実のところ、ここまですべて、事前に取り決めたとおりのやり取りである。司祭も、アラン陛下も、セシリアの魔力が黄金であることを確認している。これは、皆を納得させるための演出だ。
こうして、皆の前で聖女候補が魔石に魔力を込めていく。
聖女候補とはいえ、それぞれ得意な魔術は違うようようで、炎や水、それに風や土を象徴する色に染まっていく。わりと均等に分かれていたようで、少ない属性でも五人くらいはいた。
だが、司祭の言うような金色に光る魔力を持つ者は現れない。そんな中、アナスタシアとエリザベスの確認が終わった。これでラストと思った者達から、魔石に不具合があったのではないか? とか、やはり聖女はソフィア様なのでは? といった声が上がる。
壇上に残っていた私はそれらの声を遮ってセシリアの名前を呼んだ。事前に覚悟を決めていたのだろう。周囲の注目が集まる中、セシリアはゆっくりと壇上に上がってくる。
「……ソフィアお姉様」
「大丈夫、自分を信じなさい」
「――はい、ソフィアお姉様を信じます」
「いや、自分というのは……」
私ではなく貴女。そう訂正しようとするけれど、セシリアが笑っているのに気付いて口を閉じる。ここでそんな冗談を言うなんて、結構余裕があるじゃない。
「いいわ。じゃあ私を信じて、みんなに自分の力を証明なさい」
彼女はこくりと頷き、ネックレスを掲げながら魔力を込めた。直前に込められた魔力が追い出され、魔石が新たな色――金色に染まっていく。
紛れもない聖女の象徴だ。
その魔石を見た観衆の顔が驚きに染まる。その中に、引きつった笑みを浮かべるレミントン子爵を見つけたが、私はすぐにセシリアに視線を戻した。
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