エピソード 1ー3

 着替えを終えた後、私はシリル様に面会を申し込んだ。

 湖上の魔術発表会が終わるまでには会えるかなと思っていたら、返事はすぐ――というか、本人が来た。私は慌てて出迎えの準備を整えた。


 大きな窓から差し込む陽光が客間を優しく照らしている。

 ローテーブルを挟んでシリル様と向かい合うと、クラウディアが紅茶とクッキーを用意してくれた。お茶の爽やかな香りと、お菓子の甘い香りを楽しみながらクッキーを口につけ、毒が入っていないことを示してシリル様にも勧める。


「シリル様、ご足労いただきありがとうございます。お返事をいただければ、私がお訪ねいたしましたのに」

「いや、私が早くそなたに会いたかったのだ」


 さらりと意味深なことを口にして微笑む。シリルのイケメンっぷりがヤバい。私の容態を心配してくれているのが伝わってきて、少し胸が温かくなった。


「心配をおかけしてしまったみたいで申し訳ありません。おかげさまで復調いたしました」


 私の言葉にシリル様はぱちくりと瞬き、それからふわりと微笑んだ。


「そうか、それはよかった」


 私はお礼の言葉を返し、一息を吐くために紅茶を口にする。

 ほうっと息を吐けば、カップから立ち上る湯気が揺れた。私はその湯気の向こうにいるシリル様に視線を向ける。彼の淡く青い瞳は、まるで澄んだ湖のように穏やかで美しかった。


「あらためまして、助けてくださってありがとうございます」

「いや、私の方こそ事前に守れずにすまなかった」


 聖人かな?

 顔もよくて性格もいいなんて、完璧超人過ぎる。さすが乙女ゲームの攻略対象だ。

 それにこの様子なら、原作ゲームのように嫌われていることもなさそうだ。後は、彼とヒロインが仲良くなるように後押しすれば……いや、待って、なにか忘れている気がする。


 あぁ、そうだ。どうして忘れていたんだろう。

 明日の湖上の魔術発表会では、シリルを狙った襲撃イベントが発生する。シリル様はそのときに負傷して、湖上の魔術発表会は中止に追い込まれる。


 原作通りなら、シリル様がたいした怪我をすることはない。ただし、それは運がよかっただけだ。現実のシリル様が、ゲームと同じように運の良さを発揮してくれるかは分からない。


 それに、もう一つ問題がある。

 それは、湖上の魔術発表会が中止に追い込まれること、そのものだ。


 発表会の主催は王族で、警備責任者はアルスターという騎士が率いる騎士団だ。彼らは事件を未然に防げなかったことで罰を受け、それが後々の騎士団の弱体化に繋がってしまう。

 原作通りの展開だけど、出来ればこの流れは変えておきたい。


 それに、アルスターの娘、ヒロインの友人になるアイリスのこともある。

 彼女は騎士の家系に生まれながら、将来は魔術師になりたいと願っている。それを知った父から、魔術発表会で結果を出せば魔術を専攻してもよいという条件をもらうのだが、彼女が出場資格を手にした発表会は先の理由で中止になってしまう。


 生まれ持った環境のせいで、自分のやりたいことができないつらさはよく分かる。だから、私はシリル様を守り、アイリスが夢を叶えられるように後押しをしたい。


「シリル様、明日の魔術発表会に参加なさるのですよね? よろしければ、一緒に発表会を見ませんか?」

「私とソフィアが、か?」


 シリル様が目を瞬いた。

 もしかして、デートのお誘いとかと誤解させてしまったかな? そう思った私は「もちろん、ほかの方と一緒でも大丈夫です」と付け加える。

 シリル様は「いや、二人でかまわない」と笑みを零した。

 くぅ……やっぱり、格好いいなぁ。いまはまだ十四歳だから可愛い年頃なはずなのに、シリル様はもう、すべてが格好いい。顔面の偏差値が高すぎると思う。


 でも、このまま放置すると、この笑顔が曇っちゃうんだよね。なんとしても、明日はシリル様が傷付かないように護ってみせる。

 そんな決意を胸に、シリル様とのお茶会を楽しんだ。

 

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