第37話 仲直り

「次は君の番じゃないかな?」


 チハルさんはそう言うと、ライブの準備があるのかそのままどこかへと消えていった。


 多分俺は何かを誤解していたのかも知れない。チハルさんの事も、彼女達の事も。結局のところ、一番盛り上がっていたのは楓さんの作った新曲だった。


 だけど俺は、そんな事はどうでもよくてあの曲を神崎と楓さんが二人で歌っていたと言う事に、彼女達への思いが溢れ出し涙が止まらなかった。


 俺にとっての人生最大の名曲になると言うのは決定していた。


 そのせいもあってか、実際には同じくらいのレベルで盛り上がっていた【キザ苺】のライブも俺にとっては余韻でしか無くまるで人生の集大成の様なライブは幕を閉じた。


 悔いはない。

 あの日、彼女達から離れると決断したのは間違いじゃ無かった。ただそれだけが俺にとっての唯一の救いだった。


 ライブハウスを出ると、見に来ていた人達の満足そうな笑顔と彼女達の話で感情が高まっているのが分かる。きっと拓也のデートも成功しているに違いない……。


 なんとなくその様子をずっと見ていたかった。

 最後まで携わる事は出来なかったが、この笑顔の一割くらいには貢献出来たんじゃないかと思う。いや、そう信じたい自分がいる。


 そもそもこのライブに出演をオファーしたのは俺だ。そんな武勇伝を語った所で、自己満足でしかないのは分かっている。


 だけど、自己満足でいいんだ。俺がそれで満足出来たなら後悔なんてする余地はないだろう。


 人が居なくなり余韻だけが残ると、俺は帰路へと足を伸ばした。もう目の前の映像は記憶に焼きついている。だから、これで終わりにしよう。


「……藤原くん?」


 聞き覚えのある声に反応してしまう。このまま隠れて帰るつもりだったのだが、もう遅い。


「あ、いや。神崎か……ライブ良かったよ」

「見に来てくれていたんだ?」

「そ、そりゃあな。どうなっているか気になるっていうか……」

「ちょっと待ってて、すぐ呼んでくるから」

「あ、いや。俺は帰るんだけど……」


 今、みんなに会う勇気はない。仕方なかったとはいえ自分から身を引いているんだ。今更会った所で……


「か、風間のアレンジど、どうでしたか!?」

「雪、いきなりそれかよ。来てたなら言ってくれればいいのに」

「本当、変な所に気を使うのだよ」


 なんで、みんな普通なんだよ……。


「いや、ライブ良かったよ。それじゃあ俺は……」

「亮太はもううちらには興味ないのか?」

「玲さん……そんな訳ないじゃないですか」

「藤原くんの気持ちはどうなのだよ?」

「それはもちろん、また一緒にやりたいですしこんな凄いライブに携わって行きたいですよ」


 当たり前だ。俺だって別に辞めたくて辞めたわけじゃない。


「か、風間の事嫌いになったんですか?」

「そんな訳ないだろ! ゆっきーも好きだし、神崎も好き。楓さんや玲さんも大好きなんだよ! だから……こうなってしまったんだろ!」


 すると玲さんがニヤニヤと近づいて来る。


「何だ? 亮太、贅沢にうちら四人に告白か?」

「全く、仕方ないのだよ」

「か、風間はふ、藤原さんの事好きですよ?」

「私は告白したんですからね!」


 そんな事は知っている。けれども、誰かを選ぶなんて出来ないくらいに彼女達を知ってしまったんだ。


「うちらは亮太が好きで、亮太もうちらを好きなんだろ?」

「ふむ、これは両思いなのだよ」

「両思いって、それじゃダメだろ……」

「色々みんなで話したんだけどよ、全員好きなうちは誰にも手を出さないんじゃ無いかって話になったんだよ」

「いや、そんな事はないでしょ? 全員に手を出すかも知れないし……手を出したい気持ちはあるからね!」

「まぁ、そん時はそん時だろ! うちらはそれでもまた一緒にやりたいと思っているのだが亮太はどうなんだ?」

「俺も出来ればしたいですよ」

「なら決まりだな!」


 もしかして俺はまた、一緒に出来るのか?


「藤原くんの一番になれる様に頑張るから!」

「か、風間のテクニックで堕とします!」

「雪、そこまではいかせねーよ?」

「まぁ、結局は私に戻ってくるのだよ」


「それじゃあまた、一緒にやってもいいのか?」

「当たり前だ。亮太が居なくては上手く売って行く事を考える奴が居ないからな!」


 再び一緒に出来る嬉しさのあまり、俺は玲さんに抱きつくと神崎や風間も便乗して抱きついてくる。楓さんだけは乗っては来なかったのだが、背後から声がした。


「なんだ、仲直りしたのね?」

「チハル……また何か言いに来たのかい?」

「いや、楓さん。チハルさんは、こうなる事を見越してあんな事を言っていたんだと思います」

「うちは気づいてはいたけどな!」

「見越してとはどういう事なのだよ?」


 そう言うとチハルさんは笑顔を見せた。


「見越して、と言うのは買い被りすぎよ? 本当に潰れる可能性もある話でもある訳だし。でもそれで潰れる様な子達には興味がないからそれはそれでよかったの」

「チハルさんって、意外と不器用な感じですか?」

「亮太、今頃気づいたのか? 結構悪者ぶりたい所があってだな……」

「何を言っているの!? だけど、今日のライブは及第点ね。確かに私達と互角にやりあってはいたのだけど、今のままでは次はないわね」

「それもそうだな。だが、次やる時のうちらには亮太が居るぞ?」

「そうね。進化させて楽しませてくれる事を期待しているわ」


 元に戻ったような気はするが、以前とは大きく変わった事が一つだけある。俺が彼女達を好きで彼女達も俺が好きだと言う事だ。だからと言うわけではないのだが、以前より彼女達との距離は近くなっている様に感じた。


 帰り道、俺は楓さんの荷物を運ぶのを手伝っていた。衣装や旗など機材以外の物を彼女が家に置く事になっているからだ。


「楓さんがまさか旗を使ってくれるとは思って無かったです」

「旗? ただの布だったのだよ」

「あれをこんな風にアレンジしてくれるとは、流石というか何と言うか……みんなの事も楓さんが頑張ったんですよね?」

「当たり前なのだよ……そう思うならご褒……」


 フェードアウトしながらそう言うと彼女は顔を赤くしているのが分かった。


「最後何かいいました?」

「もう一度しか言わないから耳を貸すのだよ」


 俺が腰をかがめて彼女に耳をむけると……「チュッ」と唇に柔らかい感触を感じる。


「ちょっと楓さん! それは……」

「みんなとは抱きついていたから問題ないのだよ」

「えっ……気にしていたんですか?」

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