第7話 新しい仕事

「急にどういう事なんですか!」


 俺が詳しく聞こうとしたタイミングで、神崎が入ってくる。丁度今の話が聞こえていたのかも知れない。


「簡単な話だ。藤原はオリジナルバンドの経験があるし、ライブハウスでの経験もある。それに、藤原の事を下手だと言う奴はいないだろう?」

「だからってマネージャーには……」

「それは、うちらの魅力を分かっていそうな奴が適任だと思っていたんだ」

「俺は受けるとは言ってないですよ。あては無いですけど、いまでもバンドはしたいと思ってますから」


 いきなりマネージャーと言われて受けるはずがない。そもそも練習時間は奪われ、機会が出来た時にバンドが出来なくては軽音部に居る理由もない。


「無理にとは言わん。だが、藤原にとってもメリットが無い訳ではないと思っているぞ?」

「確かに、ローディと考えれば風間のセッティングや音作りは勉強になりますけど、そもそも一緒に練習してますし、知りたい事はきいてますよ?」

「そう言ういみじゃねぇよ。うちらとやるって事は、対外的な内容も多くなるんだ。できる奴が必要って事は、ただの雑用になるかプロデューサーになるかは藤原次第って事なんだぜ?」


 確かに【インサイトシグナル】はただのバンドじゃない。ライブハウスとかだけじゃなくレコーディングやPVの撮影なんかも入ってくるし、イベントの誘いなんかもされるバンドだ。


 つまりは、それらの経験を出来るって事か。


「はっきり言って、チハルさんが抜けた穴はデケェんだよ。演奏やパフォーマンスは以前とは比べ物にならない位にレベルアップしてるが、今年に入ってからは定期ライブや文化祭しかまともな活動はできてねぇんだよ」

「去年は、PVとか宣伝とかでてましたよね」

「そのあたりの計画を卒業したギターの先輩がほとんどやってたってわけだ」

「なるほど……」


 そう考えると、何かしらのノウハウがあるって事なのか?

 今はメンバーを纏めるだけで精一杯って事なのかも知れないが、確かにその経験が出来るなら俺にもメリットはある。


「またバンドをする気なら、お前に必要なのは技術じゃねぇんじゃねぇかって思って提案しただけだ」

「か、風間は賛成です。ふ、藤原さんなら緊張したりもしないですし」

「私も賛成するのだよ。もちろん任せっきりにするつもりはないし、経験のある玲や私も動くつもりなのだよ」

「まぁ、そこまで言うなら私も賛成するけど……」


 神崎は少し不服そうではあったのだが、玲さんの方針には納得したと言った様子だった。


「分かりました。玲さんが言うようにこのまま練習しているだけでは新しくバンドを組んでも変わらなさそうなので、やれる事はやりますよ!」

「ふむ、納得してくれたみたいだな。早速ではあるが、練習が終わったら少し時間をくれ!」


 そう言うと、彼女達は普段通り練習を終えると玲さんと楓さんと三人でそのまま残る事となった。


「まずはだな、うちらの置かれている状況はそれ程良くはねぇ。あの二人に帰ってもらったのはそのあたりで心配をかけたくねぇんだよな!」

「良くは無いって文化祭は成功していたじゃないですか?」

「イベントとしては……という意味なのだよ」


 俺たちが大敗したライブ。【インサイトシグナル】は過去の文化祭で例を見ないほど成功していた様に見える。それがイベントとしてという意味なら彼女たちはそれ以外の何かを見ていたのだろうか?


「つまりは……どういう事です?」

「単純に言えば文化祭はフリーライブだ。目的がそもそも楽しむためだからそれはそれでいい。だが、うちらはこれからバンドで食っていく事を考えなきゃいけないんだ」

「生々しいっすね」

「そうだね。藤原くんはそう思うのかも知れないのだよ」

「うちらも別に億万長者を目的にしている訳じゃねぇ。四人で、強いて言うなら藤原を含めた5人で観客を楽しませて行く為にはそれなりにお金は回る必要がある訳だ」


 確かにこれは、神崎や風間に今は聞かせられないな。


「藤原くんなら理解出来ると思うのだよ」

「まぁ、今のところ理解はしていると思います」

「包み隠さず話すなら、うちらの今の収入源はライブの売り上げとグッズの販売、それと楓のテレグラムが主な訳だ」

「だけど、今のメンバーになってからは以前あった様なイベントや広告塔的な内容は無くなってきている」


 言われてみればかなり露出が減っている様に思える。俺はてっきり軽音部の中に居るからだと思っていたのだが、実際に露出が減っていたと言う訳か。


「そこで、藤原にはバンドのSNSやメールアドレスを共有して、窓口兼、運営の軸になって貰いたいんだ」

「内容を精査して、やる事を決めて行くって事ですか?」

「そう。だから業界やバンドの状況を理解できる必要があるのだよ」

「業界はそこまでわからないですけど、バンドの状況ならなんとなくは分かるとは思います」

「ライブハウスとそこまで変わらない。あとは慣れだな!」

「慣れ……ですか?」

「そうだ。勝手をしっているかいないかで出来る事は変わってくる。けれども、うちらがどう見えているのかは中で作っている奴にはどうも雑念が多くなってしまうという訳だ」


 玲さんが言っている意味は痛いほどよく分かる。実際、作曲をしている時に一番いい曲が出来たと思っていても他人の評価と合う事は稀だ。それは多分、曲に対しての思い入れが強かったり、自分の拘りに対しての評価だからなのだと思う。


「確かに雑念と言われればそうかも知れないですね」

「かと言って、見る側も雑念だらけだ。だが、それは楽しむ為でいい。そいつらに責任は無いからな!」


 それはそうだ。バンドをするという事は曲を聴く側に楽しんで貰うのが本来の目的だ。つまり俺は、多くの人が楽しんで聴いて貰わなくてはいけないという責任の元、バンドの方向性を左右する様な意見を出さなければならないという事。


 どうもって行けるか、この【インサイトシグナル】という、最強の勇者達をどう導いて英雄にするのか? それがこれからの俺の仕事なのだと理解した。

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