第8話 教えてくれないか?

 マネージャーを引き受ける事となってから、玲さんにはバンドのアカウントをもらう。家に帰ってから入ってみると過去のやりとりが残っているのが分かった。


 人気のバンドだから当たり前なのだが、俺がやっていたバンドのアカウントとは桁違いにメッセージが来ている。


 ライブハウスからの出演の誘いやグッズの提案、企業案件から社会奉仕まで様々な内容だ。はっきり言って全て返す事は出来ない、新しい部分は玲さんが返しているのかほとんどがテンプレートで、元々担当していたチハルさんも厳選したり、テンプレートを使い対応していた様だ。


 ちょっと待て、フェスの誘いなんかもあるじゃねぇか。まぁ、タイミング的にチハルさんが抜けてすぐだし、今のバンドの形が作れるとは限らなかったから断っているのか……。


 とはいえ、新しい内容にも美味しい内容もあるのは確かだ。一旦抜粋して玲さんに相談するのがいいのだろう。俺は余っていたノートに良さそうな内容を書き出していくとすぐに予定がいっぱいになる。


 練習時間や準備を考えると難しいな。ライブをするエリアなんかも考慮しないといけないし、遠征して客が本当に集まるのだろうか……これってめちゃくちゃ難しいんじゃないのか?


 色々悩んだ末、相談する形で良さそうなものをまとめておくことにした。だが、テキストに纏めて一度玲さんにメッセージを送ると予想外の問題が出てくる事になった。


『早速纏めてくれたわけだな?』

『とりあえずここから相談して、ピックアップ出来ればいいかなと思いまして』

『そうだな、メンバーの門限に被る物やテスト期間なんかは避けた方がいい。それが理由で辞めなければならなくなる事もあるからな』

『門限ですか……』

『とりあえず、メンバーとコミュニケーションをとってみてくれ。どういう所を目指したいのかとかな。そういうバランスを取るのもマネージャーの仕事だとおもうが?』

『そうですね……考えてみます』

『まぁ、うちに出来る事があれは言ってくれ』

『ありがとうございます』


 コミュニケーション……確かにそうだ。自分のバンドでも、拓也や桐島兄弟の意見は聞いて来たし、俺が見えていない良さもあるかも知れない。だが、放課後は練習だしメッセージでは時間がかかりすぎる。一体どうすれば……


 考えた末に出した結論は、昼休みに集まってみるという物だった。楓さんの提案で、俺たちは非常階段に集まる事となった。


 校舎裏に伸びる非常階段は下からは見えないものの金属製の造りだ。ベランダから行けるもののメインのコンクリートの階段とは違い屋上へは高い柵に鍵が掛かっている事もありほとんど人はいない。


「えっと、なんか怪しい場所ですよね?」

「人目につくと色々あるのだよ」

「楓は特に知らない奴にも声をかけられる事があるからな」

「なるほど……」

「晴れている日なら毎回ここに集まるのもいいかもな」


 だが、風間は少し不服そうだ。仲は悪く無いとはおもうのだが、最近俺たちと飯を食う様になったのが少し気に入っていたのかも知れない。


「それで、今日は何を話す気だい?」

「今後の運営についてなんですけど、俺自身あんまりメンバーの事を知らないので色々と聞いてみたいなと」

「なるほど。なんでも聞いてくれていいのだよ」

「楓、それが一番難しいんだよ」

「こんなに畏まった形では、藤原くんから聞いてくれるしかないと思うのだよ」

「それはまぁ……確かにな」


 昼休みの貴重な時間を割いてくれている。俺は何かを聞かなくてはならないのだが、四人に見られる形で何を聞けば話が盛り上がるのだろうか……?


「とりあえず、それぞれ目指している所を教えてくれませんか? じゃあ……ゆっきーから」

「か、風間ですか!? か、風間は……か、彼氏が欲しいです……」

「チヤホヤされるためにバンドしてるって事か?」

「そ、そうです」

「その実力で拓也みたいな動機かよ!」

「わ、私も三人みたいに、お、オスをたぶらかしたいのです!」

「私は別にたぶらかしてないからっ!」

「勝手にたぶらかされているのだよ」

「あはは、最初からオチみてぇなのが出ちまったな」


 人選ミス……では無い。俺は普段の会話から風間がそう言ってしまう事をある程度は予想していた。オチとして使う手もあったのだが、他の3人は何を言うか予想出来ない。だからこそ、あえて最初に言ってもらう事でこの空気をどうにかしたいと思っていた。


「次は神崎だな」

「えっ? 私? 念の為たぶらかす為ではないと最初に言っておくわ。私はこの見た目と声でどこまでやれるか試したい、その為に出来る事はやっていくつもり」

「なるほどな。具体的にどこまで行けたらいいとかはあるのか? ドームとか世界一とかさ?」

「それは、一度はブレイクしたいかな。例えばクリスマスソングと言えばとか、春と言えばとか……」

「ふむふむ、その時に歌われたり聞かれたりする代表曲みたいなのが作りたい感じか?」

「そうだね。そこまで明確ではないけどなんとなくそういうイメージはあるかな?」

「うん、神崎らしい感じではあるな!」


 神崎に関してもおおよそ予定通りだ。普段から話していた事もあり、彼女は自分の中に理想とするボーカルのイメージみたいな物はあるのだろうと思っていた。


 問題はここからだ。玲さんは何を考えているのかはわからないが、ある程度バランスを取り場を崩す様な事はしないだろう。だが、楓さんに関してはそんな事お構いなしにとんでもない事を言い出しかねない。


 どちらを先に振るべきか……。


「楓はどうなんだ? この際だからはっきり言っておいた方がいいぞ?」

「私は……この世界に一石投じてやりたいのだよ」

「えっと、世界を変えるって事……ですか?」

「別に結果的に変わるのは構わないのだが、変わらなければそれはそれでいいのだよ」

「まぁ、楓は時々宇宙に居るから気にしないでくれ」

「それでは藤原くんの目的は果たせないのではないかい?」

「そうですね……出来れば楓さんも理解しておきたい所なんですけど」


 予想通り予想出来ない展開だ。とはいえ深い事を言っている様な気もしている。


「であれば私を知るのがいいのだよ」

「いやいや、その為に聞いているんですけどっ!」

「玲、今日は練習は不参加にしてくれないかい。藤原くんに私を教える事にするのだよ」

「オッケー、ほどほどにな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る