第9話 変人と天才

 楓さんの一言で彼女とどこかへ行く事になった。教えるとは言っていたのだけど、一体どこへ行くつもりなのだろうか?


 放課後、まだ沢山の生徒が帰宅途中の中、俺は校門の近くで楓さんと待ち合わせする。だが、彼女は学校の有名人だ。普通に生徒がいる中で待ち合わせしても大丈夫なのだろうか?


「またせたな!」

「そんなミリタリーゲーの主人公みたいに現れないで下さいよ……って誰ですか?」

「私だ。ミス桜庭とでも呼んでくれたまえ」


 現れたのはメガネにマスクで大きめのキャスケットを被っている女の子。私服のゆったりとしたスウェットをブレザーの代わりに纏い、スカートの下には黒いレギンス。一見するとすっぴんでコンビニに行くお姉さんか不審者の様にも見える。


「ここでバレる訳にはいかないのでな!」

「喋り方まで変える必要あります?」

「変装は徹底的にだ!」


 シチュエーション的にデートなので淡い期待はしていたものの、思っていたのとは違いまるで今から悪い事でもしに行く様な雰囲気だ。


「それで、どこに行くつもりなんです?」

「まずは駅前に向かうのだよ!」


 スタスタと歩き出すと、最寄駅とは反対方向に向かっている。駅前というからてっきり最寄りの駅に向かうのかと思っていたらそうでは無いらしい。


「楓さん、どこにいくんです?」

「駅前だと言っただろう? もうスカートも要らないのだよ」


 そう言うと、人気のない路地に入りスカートを脱ぎ出した。


「ちょっと何してるんですか?」

「こうすれば私服にしか見えないのだよ。はい、これを持っていてくれ」

「はいって、これスカートじゃないですか!」

「鞄にはまだまだ余裕がありそうに見えるのだが?」

「入りますけど……」


 まだ彼女の体温が残るスカートを折り畳みバッグに入れる。確かにマネージャーにはなったのだが、まるでわがまま芸能人のマネージャーの気分だ。


 しばらく歩いていると、楓さんは鼻歌を歌い出す。だがその曲は聞いたこと無い綺麗なメロディ、しかしテンポや展開が無茶苦茶で一向にまとまる様子はない。


 そうか……これはオリジナル。


 彼女は何かを歌っている訳じゃなく、思いつくがままにメロディを出しているだけなのだ。


「ふむ……これはアリだね」


 そういうとスマートフォンで録音し始め、それが終わると再び鼻歌を歌いながら歩き出す。こうやってオリジナルのネタを溜めていっているのか?


 白線の上を歩いたり、電柱に手をかけてみたり、意気揚々と歩く姿はまるで何かいい事でもあった様にもみえる。けれども時折足を止めて録音するのを繰り返していく姿に、なんとなく理想的なミュージシャンの在り方を感じていた。


 これが言っていた一石を投じるに繋がるのか?


 意味もわからないまま、20分以上過ぎただろうか?

 しばらくすると街の景色に変わる。チェーン店などの飲食店が増え、近くに駅がある様に思えて来た。


「よし、ここに入るのだよ」

「ここって……カラオケですけど?」

「そうだが? 何か問題でもあるのかい?」

「二人で入るんですか?」

「普段なら一人で入るのだが、今日は藤原くんがいるからね。君も一緒に入るのだよ」


 一人カラオケ? ボーカルもしているから別におかしくはないのだけど、練習で歌い道端でも歌い、さらにはカラオケまで行くというのは流石にサブボーカルのレベルじゃない。


「楓さんって、普段からめちゃくちゃ歌うんですね」

「メロディに触れていたいのだよ。しっかりと触れていると向こうの方から表現したいのはこれだろうと言って来る気がしてね」

「作曲者としてって事ですか……」

「バンドの曲のほとんどは私にかかっているからね」


 人気バンドのプレッシャーという奴なのだろうか。完成度の高い曲とメロディはこういう日々の積み重ねからじゃないと生まれないのかも知れない。


 すると入ってすぐにメガネとマスクを外す。暗闇の中、憧れていた楓さんの顔が近づいて来る。


 ……可愛い。


 やはり近くで見ても、他の人とはレベルが違う。風間や神崎に慣れて来ている俺ですら、つい思ってしまう位だ。


「藤原君も曲を入れるのだよ」


 そう言って彼女は俺にデンモクを渡す。俺はすぐに得意な曲を入れると彼女は歌い始めた。


 神崎とは対照的に自由で表現力豊かで伸びのある綺麗な声。改めて聞くと技術も高く歌い方に細かい工夫を感じる。まるでプライベートライブの様な贅沢さだ。


 時折彼女と目が合い、その度に動悸が走る。あの日、動画で見ていたアーティストが目の前で歌っているのだと感動すら覚え始めていた。


「次は藤原くんの番だね」

「はい、とりあえず歌いますね」


 俺もバンドではコーラスを入れていたし、人前で歌う事には抵抗はない。それなりに上手く歌えている自信だってあるのだが、流石に楓さんの後に歌うのには抵抗があった。


「うんうん。流石はバンドマンなのだよ」

「バンドでも歌ってはいましたからね」

「表現力は弱いのだけどしっかりと音程を取りに行っている。コーラスなら充分良さそうなのだよ」


 褒められているのか貶されているのかわからないほどに、的を得た批評だった。だがなによりも楓さんが次に入れた曲は彼女が最初に歌っていた曲だった。


 えっ……同じ曲?


 彼女はなんの躊躇も無く同じ曲を入れる。特に歌い方を変える訳でも無くほとんど同じ形で歌い切りると俺の番だ。もちろん俺は別の曲を入れ普通に歌った。


 だが、そんな事はお構いなしとばかりにそれからヘビーループするその曲は終わりを告げる音が鳴るまで二時間以上も続いた。これも楓さんを知る為の内容なのだろうか?


「ふむ。時間が来てしまったのだよ」

「それにしても何で全部同じ曲だったんですか?」

「安定感を作るためなのだよ。私はその時々の気分で曲の入れ方は変える様にしている。新しい表現が欲しい時や、応用力が欲しい時、安定感に力を入れたい時で変えている」


 今日は安定感の日だったという訳か。外に出ると日が沈みかけ空が沈んだ群青色の落ち着きを見せていた。


「日も沈んでますし、今日はこのくらいでお開きですかね」

「ん? 何を言っているのだい? 今日は帰れないのだよ?」

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