第10話 かえりますん!

「今日は帰れないって、まだ何処かいくんですか? まぁ、遅くなるのなら家に連絡入れますけど」

「ならば友達の家に泊まると言っておくのだよ」


 いや、この人何言ってんだ? 確かに今のところカラオケくらいしか行ってないし、晩御飯でも食べながら話すというくらいなら分かる。しかし、彼女は明らかに夜中まで連れ回す気なのだ。


「いやいや俺は飯食ったら……」


 そこまで言うと楓さんはかなりの至近距離まで近づき、憧れていた好みのど真ん中の顔で俺を見つめる。はっきり言って破壊力も効果も抜群だ。だが、流石にいきなり泊まると家に連絡するのもリスクが高くはないだろうか?


「急に泊まるのは流石に親が心配するだろうし……」

「ダメなのだよ」


 プクっと頬を膨らませる。

 可愛いの累乗かよ……その瞬間、楓さんは俺の胸元にそっとてを触れた。


「えっと、帰りますん……」

「どっちなのだよ?」

「いやもう、好きにしてください……」


 世の中の男子全員にいいたい。これに抵抗できる奴は今すぐにでも仏門を叩くべきだ。とはいえ、帰らせないというのはどういう意味なんだ?


 まぁ、今までの経緯から言って普通に期待できる様な事は無いと思うが……念の為、俺は家に連絡を入れる。高校生という事もあり、拓也の家にバンドの練習で泊まると言って誤魔化しておいた。


「準備は出来たようだね?」

「いきなりすぎてなにも出来てないですけどね」

「行くよーっ!」

「そんなライブの始まりみたいにいわれても!」


 楓さんは、軽快なステップで歩き出す。このバンドはそれぞれが才能がある分、普通ではない奴が多い。けれどもこの人だけは本当に何をし始めるか全く予想がつかない。


「藤原くんは夕食は食べたのかね?」

「いやいや、ずっと一緒にいましたよね?」

「ふむ、ではコンビニに寄るのだよ」


 飯屋で話すとか、そう言う流れなんじゃないのか? 何でここに来てコンビニなのだろうか。


 彼女はタワーマンションの一階にあるコンビニに入るとすぐにカゴを持ち商品を入れ始める。スナック菓子にスナック菓子にコーラ、そしてバナナ……なんでバナナ? お菓子しか入れていない事に気づき、俺は念の為カップ麺二つとお茶を買う。彼女は待ってくれる様子もなくそそくさと外に出て行く。


 ここまで来ると自由人を通り越して珍獣だ。


「って、何でもうバナナ食べてんすか!」

「んあ?」


 そういうとバナナの皮を見つめそっと地面に置く。そのまま少し離れしゃがみこむと、キラキラとした目で俺を見つめた。


「さぁ、どうするのだよ?」

「どうするって……」

「バナナの皮だよ。バンドマンならどうするのだよ?」


 謎に追い込みをかけてくる。今時バナナの皮って……滑ればいいのか? それよりしゃがみ混む彼女はスウェットの中が見えそうだ。もちろんレギンスを履いているからパンツが見える事は無い。けれどもこの体勢は男なら見てしまう。


「うわっ!」


 俺はわざとらしく皮を踏みコケる。思っていた以上に滑らないのと、構えていた事もあり受け身が完璧だ。


「うむ……ダメだね。カップ麺にお湯を入れてくるのだよ」

「それ大惨事になりますよね!」

「ならなければ面白くないだろう? 君はそれでもバンドマンなのかい?」

「どちらかって言うと芸人の発想なんじゃ……」

「私達はエンターテイナーなのだよ?」


 あれ? もしかして、心得みたいなものを実践しようとしているのか?


「人に見られているのだよ。君がさっき見えもしないパンツを覗こうとしたのもギリギリの角度だったからじゃないかい?」

「あれわざとなんですか!」

「それぞれの場所でどう見えるのか、考えていかなければならないのだよ」


 思い返せば、確かに楓さんは目を気にしている。すぐに着替えたオシャレに見える格好、歌っている時も俺の視線、カメラを意識したポージング、何が起こるかわからない言動……いや、最後のは天然なきもするがそれらが相まって天然すら計算している様に思えてくる。


「そしてここが私の家なのだよ」

「はぁ!? ここってこのタワーマンションですか?」

「こんなに大きなコンビニはないのだよ」

「それは分かってますけど……」


 楓さんってやっぱり金持ちだったのか。いやいや、それ以前にこんな時間から実家にお邪魔していいのか? それに、鞄の中には彼女のスカートが入っているんだぞ?


 だが、そんな事で彼女が止まるはずもなく手慣れた様子で中へと入って行く。ロビーを抜けて乗り込んだエレベーターは二十階を示していた。


「凄いマンションですね……」

「そこまで広くもないし見た目ほどではないのだよ」

「そうは言ってもタワーマンションですし、家族の方とか大丈夫なんですか?」


 そういうと、ドアの前で足を止める。まさか、家族の事を全く考えていなかったとか……楓さんならあり得る。


「私は一人暮らしなのだよ」

「ああ、それなら……ってはいっ!?」

「だから別に、藤原君が来ても問題ないのだよ」


 いやいや、それはそれで問題ある気がするんですけど!


 ドアを開けると真っ暗だった。楓さんは直ぐに電気をつけると一人暮らしにしては長い廊下が見えその先には背の高いドアが部屋との間を塞いでいた。


「右のドアがトイレで、左の扉が脱衣所とお風呂。私の下着はお脱衣所の鏡の裏にあるのだよ」

「下着の場所は言わなくていいですからね!」


 それにしても綺麗な部屋だ。きっとそれなりに新しい部屋なのだろう……。きっと奥の部屋は女の子らしい可愛い部屋になって……いないっ!?


 カウンターキッチンはあるものの、それ以外はまるで練習スタジオの様にアンプや電子ドラムなどの楽器が置いてあり角にはボーカル用の防音の小部屋があった。


 バンドマンとしてはテンションが上がる。だが、リビングでは女の子の部屋に来たというドキドキは無い。


「この部屋ではアンプで音は出せないが、ラインで繋げは練習や簡単なレコーディングくらいは出来るのだよ」

「はい……」


 部屋の説明というよりは、スタジオの説明だ。ある意味別のドキドキとワクワクで俺の胸は高まっていた。


「帰りたくなったかい?」

「いえ、帰りますん!」

「それはどっちなのだよ!」

「これは流石に帰れないですっ!」

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