第11話 計画どおり

 ソファに座って待っている様にいわれると、楓さんはキッチンにコンビニ袋をおいて、持っていた荷物を奥の部屋に置きにいく。袋の中身を知っている俺は、彼女が調理を始める訳では無いと分かっていた。


 まぁ、スナック菓子とコーラだし。


 とはいえ、初めて入る女の子の部屋が楓さんの部屋というのは誰かに自慢したい気分だ。


 彼女はお菓子しか食べないつもりなのだろうか?

 それよりメンバーを知るために来たはずなのだが、今の状況をどうすればマネージャーとしての仕事に活かせばいいのか全くわからないでいた。


 今日一日で、エンターテイナーとしての意識が高いのは理解ができた。彼女がこれまで人気があったのもその意識の高さから来るものなのだろう……だけど、いつまでこの無言の空間か続くのかと少し不安になる。


 スナック菓子とコーラしか買っていないはずなのに、なぜかキッチンから出てくる様子がない。なぜだ……


「あの、楓さん?」


 俺は沈黙に耐えかねて、つい言葉を発してしまった。だが、返事はない。屍になっている訳では無さそうなのだが、流石に手持ち無沙汰すぎて、俺は鞄の中から彼女のスカートを取り出した。


「一応、スカート返しておきますね? どこに置いておきますか?」

「スカート……ああ、そうだったね。机の上にでも置いておいてくれればいいのだよ」


 俺は軽く折り畳み机にスカートを置く。もしかして何か見逃してしまっているのか? 一応自分の匂いを嗅いでみるが、多少は汗をかいてはいるが臭くは無いと思う。


「えっと、カップ麺を買って来たのでお湯もらっていいですか? 楓さんの分も一応買ったんですけど……」

「ぽ、ポットがあるのだよ。用意しとくのだよ」


 そう言われた俺は袋からカップ麺をとりだし、キッチンの方に向かった。楓さんと目が合うと、彼女の目はまるで驚いたままの様に点になっている。


「いや、どういう表情なんですか!」

「あ、いや……ちがうのだよ」

「楓さん何か変ですよ?」

「い、いつもなのだよ!」

「確かにいつもですけどっ!」

「そんな風に思っていたのかい!?」


 会話になっているかも怪しいのだが、近づいてみてわかった事がある。あくまで予想にはなってしまうのだが、風間に似た雰囲気を感じた。


「もしかしてですけど、緊張してます?」

「き、緊張なんかしていないのだよ。な、なんで私が君に緊張する事があるのだい?」

「いや、やっぱり緊張してますよね?」

「別に初めて男の人を家に入れたとか、間違いがあったらどうしようとか考えていないのだよ」

「今の楓さん、すっごくわかりやすいです」


 正直な所、俺は緊張していた。だが、自分より緊張している人を見ると緊張しなくなるというのは本当なのだと思った。


 その瞬間、彼女は俺に抱きついて来る。


「か、楓さん?」

「ほら、緊張なんかしていないのだよ」

「心臓の音、めちゃくちゃわかりますけど……」

「それは、止まっていたら死んでいるのだよ」

「そうですけど……」


 スウェットを一枚挟んだだけで彼女の柔らかい肌の感触が伝わって来る。俺も学生服じゃなくてTシャツとかの様に薄手の服だったら良かったと後悔してしまうほどだ。だが、俺はそんな事をしに来たわけじゃない、ただ誘惑に流されてしまったとなれば、神崎に何を言われるか分かったもんじゃ無い。


 俺は意を決して楓さんを離す。すると少し儚げな彼女の顔がはっきりと見え思わず口を漏らす。


「可愛い……」

「別に、し、知っているのだよ」


 顔を紅潮させ、手で口元を隠しながら視線をそらすその恥じらい方は完璧だった。


 ……そう、完璧だったのだ。

 いや、まさか……な?


 ふと、今日一日の出来事が頭を過ぎる。目の前にいるこの人は超有名人のインフルエンサーだ。それにエンターテイナーでもある。そんな高倍率の世界を生き抜いてきた彼女が、知り合いでしかも後輩の男が部屋いるだけで動揺なんてするのか?


 する訳がない。

 ならなぜそんな訳の分からない勘違いをさせる様な事をするのか? それは、その方が俺が楽しめるからだ。


 生粋のエンターテイナーの彼女は、辻褄が合う様な演出を行い彼女を知るためにきた俺を、知るために来たからこそ全力の演出で楽しませようとしているという訳だ。


 それに気づいた瞬間、俺への魔法は解けた。


「あれっ? おかしいな……気づいてしまったのだよ」


 やはり俺の反応を見ながら行動していた。考えて見るといくつも気になる所はある。一体彼女はどこから……


「一体どこから演出してたんですか?」

「最初から……と言えば信じるかい? 君がマネージャー、つまりこちら側になると決まってからバラすつもりではいたのだよ。ただ、思っていたより早くバレたという事だね」


 なるほど、玲さんが最初に彼女を選んだ理由はそれだったという訳か。


「あのまま騙されていれば、胸くらいなら揉めたかも知れなかったというのに」

「それは残念です。本当に残念……」

「君は私が好きなはずなのにどこでバレたんだい?」


 うん。マジで残念。楓さんの胸、マジで柔らかそうなんだよな……絶妙な丸みのある腰回りも触れたかったな……。


「完璧すぎたんですよ。焦らされたタイミングだったり、話しかけた時の反応からの恥じらい方や、俺視点でのカメラの捉え方が、映画とか漫画の一場面みたいにね」

「なるほど……今日の私を見たからという訳だね」

「あと、その話し方も絶妙な距離感を作る為ですよね?」

「そうだね……同じ様なコンテンツが溢れる中、楽しませる訳ではなく覚えてもらわないといけない。その為の話し方……と言えば、納得出来るかい?」

「ブランディングって奴ですか……改めて感じましたよ。楓さんが凄いのは歌やベースの技術でも作詞作曲の創造性でもなく徹底的なエンタメの意識だったんですね」


 お菓子しか買わなかったのも、料理をするという事でキッチンに無言で居るという違和感が簡単に作れなくなるからだ。いきなり家に入れたのも予想させないサプライズなのだろう。


 つくづく怖い人だ。


「目的は果たされた訳ですけど、これからどうします? 今後のバンドの相談でもしますか?」

「ふむ……何を言っているのだい? 次は私が君を知る番なのだよ?」


 俺を……知る? なんで?

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