第12話 秘密の約束

「いやいや、俺の番って」

「藤原くんはこのバンドをどうしたいのだよ?」


 そういう事か……俺はてっきり、楓さんを楽しませる事をしなければいけないのかと思ってしまった。この勘違いも、まさかわざとなのか?


「俺は単純に曲やメンバーを知ってもらえれば、売れると思ってますよ?」

「それはどうしてだい?」

「ギターをやっているからというのもあるんですけど、【インサイトシグナル】はかなりレベルが高いと思ってます」

「技術が優れているからというわけだね?」

「それだけじゃ無いですけど、みんなキャラも個性的だし、ルックスもいいのでファンは付くだろうなと」


 嘘はついていない。ライブハウスのブッキングに何度か出た事があるが、俺より上手いギターは一人二人は居た。だが、贔屓目を抜きにしても風間より上手いギターは見たことが無かった。


「なるほどだよ。雪の音楽的才能、個性を纏める玲。その安定感を不安定に感じさせる響……」

「神崎が不安定?」

「そうだよ。実力があるのに必死な彼女がこのバンドのワクワク感を生み出しているのだよ」


 楓さんとしてはそういう評価なのか。声のトーンから彼女は風間よりも神崎を意識している様に感じた。


「もちろん、楓さんが圧倒的ですけどね」


 ルックス、センス、エンタメ性……どれを取っても彼女のレベルが一番高い。強いて言うなら異次元の風間のギターセンスが彼女に勝るかも知れないが、現時点での完成度は比べる事は出来ない。


「それは違うのだよ」

「いやいや、そうは言っても……」


 謙遜……では無さそうだ。その事に気付いた俺はそれ以上言おうとしていたのを飲み込んだ。


「そういえば、君はあの二人と仲が良かったのだよ」

「ああ、神崎と風間ですか? 同級生ですし、風間はギターでもありますからね」

「響と、恋仲になっていたのではなかったかな?」

「あれは保留というか、まぁ……俺が悪いんですけど……」

「好きにはなれなかったのかい?」

「そう言うんじゃないです。ただ、予想外だったというか、状況に俺がついていけなかったんです。だから、彼女の中で猶予をくれたんだと思います」


 今思い返して見ると、そうだったのだろう。自分の実力を思い知ったタイミングでの告白に気持ちが付いていく余裕が無かったのだ。


「ああ見えて、響は繊細だからね。けれども、その繊細さは歌になると大きな武器になるのだよ」

「ちょっとまて、それじゃあまるで楓さんが神崎を煽ったみたいじゃねーか!」

「だから私は最初から・・・・と言ったのだよ」


 嘘だろ……神崎が告白したのも、付き合うのをやめたのも彼女の手の内だったって事かよ。俺はそれまでの浮ついた感情から一転し、彼女の笑顔に寒気を覚えた。


「なんでこんな意味のわからない事を。俺はそのせいでバンドも解散したんですよ?」

「それでも君には悪い事ばかりではないのだよ。少しの間だったけれども神崎響と付き合えている訳だし、風間雪とも距離を縮める事ができた。本来なら到底叶わない夢なのだよ」


 確かにそうかも知れない。現に俺はこの一週間は一喜一憂しながら過ごしていた訳で……楓さんにまさかこれほどの闇があるなんて思ってはいなかった。


「だけど、これからどうするつもりなんです? 楓さんのネタはバラしてしまった訳で、俺だって神崎や風間に黙っているつもりはないですよ?」

「君の言う事には一理ある。だけども今の状況を考えてみるといいのだよ?」

「今の状況? 別に俺に不利な事は……」

「君は私に憧れていると公言している。神崎響とはその事が原因で付き合うのを辞めた。それでもマネージャーとしてバンドに入り込んでいるし、君が居るのは私の家なのだよ」


 いやいや、まさか……


「俺を脅す気ですか?」

「脅すなんてそんな人聞きの悪い事を言わないで欲しいのだよ。私はただ単に協力して欲しいだけ、もちろん君にもメリットのある話だど思っているのだよ」


 協力……マネージャーとして入った以上、バンドに貢献できるのなら協力は惜しまないつもりだった。だが、彼女が求めているのはそんな生優しい話では無いはずだ。


「それは何ですか?」

「人間は二通りの人がいる。感情に飲まれるタイプと感情を力に変えるタイプ。藤原くんは響とよく似て後者のタイプだと思う訳だよ」

「そうですかね? 結構空気にのまれやすい方だと思いますけどね……」

「だけど君を解散させたバンドに、マネージャーとして動き出す事を決めたのだよ」


 そう言われてしまうと、確かにそうだったのかも知れない。俺たちのバンドの内情は神崎にすら話してはいない。けれども形はどうであれ、理由はバンドの演奏に絶望したか、神崎の告白による内部分裂かの違いでしかないのだ。


 実際には両方だ。


 どちらが理由にしても、俺たちの音楽をまるで無かったかの様にしてしまったバンドに、あっさり切り替えて加担している事になる。


 本当にこの人の洞察力は恐ろしい。


「それで、そんな俺に何をさせる気なんです?」

「理解が早くて助かるのだよ……私と付き合ったフリ、正確には付き合っていると匂わせ続けて欲しいのだよ」

「いや、流石にそれは。神崎と付き合わなくなったとはいえ、嫌がらせなんてするつもりは無い。彼女の事は真剣に考えているんです!」

「バンドを次に進める為で私も別に残酷な事がしたい訳じゃ無い。そうだね……次の文化祭まで、それ以降は好きに付き合うといい」

「楓さん……それってただ単にバンドのタイムリミットだと思っているだけですよね? その頃には貴方は受験生だ」

「そうだね。君の察している通りなのだよ」


 それまでに形になる成果が出せなければ、元メンバーのチハルさんの時の様に終わるしかなくなってしまう。多分だが、玲さんのタイムリミットでもあるのかも知れない。


 すると楓さんはまるで圧でもかけてくるかの様にゆっくりと顔を寄せる。だが、そのまま止まる事なく彼女の唇が俺の口に触れた。


「えっ……ちょっと……」

「これでもう、君は断る事が出来ないのだよ」


 彼女の甘い匂いと水々しく柔らかい感触とは反対に、どうしようもない罪悪感が俺の胸に食い込んでいくのを感じた。

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