第13話 安心できません!

 なんだかんだ言って俺は楓さんの事が好きだったのだと思う。変わった性格なのは分かっていたし、バンドに対しての覚悟が普通ではないと知っていた。


 だからこそ、彼女の闇を見てしまった後でも拒む事が出来なかったのだろう……いやいやいやいや、展開がおかしいだろ!


 エゲツない要求をされ、キスされた所までは理解できる。正直あれは不意打ちだ。楓さんの距離感は元々おかしいし、あの流れてまさかキスされるなんて予想できる訳がない。


 けれども……自然にお風呂にはいり、一緒の布団で寝るというのは楓さんだけじゃなく俺もおかしい。なにより、キスしたあとから楓さんはいつも通りの可愛らしい彼女に戻っているのがまるで何かの洗脳術な気がしてならない。


「藤原くん……パンツは小さく無いかい?」

「意外と大丈夫です」

「ボクサーパンツとはいえ、女の子用だから君の子孫が心配なのだよ」

「すごくよく伸びるので大丈夫です……」


 いきなり泊まる事となった事もあり、着替えなんかは何も無かった。それを察していたのか、彼女はオーバーサイズのTシャツとボクサーパンツを貸してくれた。


 借りたはいいのだが、両方とも明らかに普段使っている感があるんだよな……。もちろん、それが嫌なわけではない。優しい柔軟剤の匂いもして心地いい。だが、パンツに関しては想像すると負けが確定してしまうので、頭の中でペンタトニックスケールをなぞり煩悩を消化していた。


 それから、何度スケールを復習したかはわからない。元々手癖になっていたものだが、ギターを弾きながら試してみたい事も出てきた頃、静かな部屋で楓さんの寝息が微かに聞こえてくる。彼女も疲れてはいたのだろう……。


 比較的大きなベッドではあったものの、二人で寝るには少し物足りない。自然に触れてしまう肌に、目が冴えてしまっていた。


 本当に神崎の能力を引き出す為に必要なのだろうか。確かに彼女の歌の魅力は、感情を乗せて表現する所にある。あの日、文化祭のライブの前に楓さんが俺の事が好きだと煽っていたのだとしたら、一理あるのかも知れない。


 彼女は匂わせると言っていた。しかし、何をやるのかというのは言ってはいなかったし、臨機応変に仕掛けていく可能性もあるから予想するのは難しいだろう。


 彼女が俺の生殺与奪の権を握っている以上、火消しや根回しを行おうとすればする程、ドツボにハマっていく。一体俺はどうすればいいんだ……。


 無性にギターが弾きたくなり起き上がると、楓さんの寝顔が見える。まったく、天使なんだか悪魔なんだかわからない人だ……。俺はそのままリビングにいくと置いてあったストラトキャスターを手に取った。


 そのギターは思っていた以上に年季が入っておりまるでヴィンテージの様な雰囲気を出している。ソファに座り感覚でチューニングをするとなんとなくコードを鳴らしてみた。チューニングのせいかそこまで綺麗な音じゃない。けれども適当に弾いてみるには充分だった。


 外の街の灯りがぼんやりと差し込む中、手元はハッキリと見える。風間ほど自由には弾けないが、知っているフレーズや手癖でなんとなく頭にある曲を耳コピをするくらいなら出来る。


 俺はまた、彼女達にのまれてしまうのだろうか?


 せっかく憧れの人と同じ布団で寝ていたはずなのに、俺の中では何かが引っかかっている。拓也ならきっと勿体ないと割り切って笑うのだろう。


 ギターを始めて三年半、俺はこんな事をする為に中学時代を注ぎ込んできた訳じゃ無い。震える弦の音が俺の憤りを表しているかの様に鳴っていた。今から俺に出来る事はあるのか、それとも流されて生きていくしか無いのか……。


 ふと弾いていたギターの違和感に気づく。ヴィンテージのギターに思えていたギターのベッドにはスクワイアの文字が見える。悪いギターではないのだが、初心者が買う様な安価版のギターだ。まぁ、楓さんはベースだし遊びで中古の安いギターでも買ったのだろうか?


 いや……古いんじゃなく使い込まれている。遊びで買ったにしてはしっかりとメンテナンスされており、これは彼女が使っていた物なのだと確信した。


 楓さんは元々ギターだった? それも、かなり練習しているのがわかる事から実力もあるのだろう。彼女はきっとその全てをチハルさんや風間に託しベースに変えた。ボーカルだってそうだ、動画で見た彼女は本気でボーカルをやっていた。それも神崎に託し裏方へと回った。


 挫折しているのは俺だけじゃない……それも、相当な覚悟を持って取り組んで来た筈だ。それを手放す事がどれほど辛い事なのかは俺が一番よく知っている。


 彼女ほどの実力なら他のバンドでする事だって簡単だ。それでも風間や神崎に託したという事は自分では勝てない相手を見てきた・・・・・・・・・・・・・・・という事なのだろう。


 対バンしたインディーズバンドなのかライブを見たプロなのかはわからないが、そこまでしても成し遂げないといけない何かがあるのは間違いないだろう。


 その瞬間、俺の中で何かが変わった。それまであった一抹の恐怖感は消え彼女を愛おしくすら思えてきた。多分玲さんと言う理解者は居る。たが、彼女の味方はいない。そうか……俺がするべき事は一人で戦い続ける楓さんの共犯者になる事だったんだ。


 俺はギターを置くと、彼女の元へと向かう。それまでの孤独な戦いを思うと居ても立っても居られなかった。キスをしてから普段通りに戻ったのは俺を共犯者にする事が出来たと一瞬の安心からだったんだ。


 布団に入り、彼女を抱きしめる。そして、味方でいる事を誓う。たとえ神崎や風間に軽蔑されたとしても、恨まれたとしても彼女がそこまでしてでも見たい景色を見せてやりたいと思う。


「ん……どうしたのだよ?」

「俺は貴方の味方で居ます……」

「よく意味がわからないのだけど、これを響がみたら怒ると思うのだよ。だけど、今日だけは許してあげるのだよ」


 そう言うと彼女は抱きつき返してくる。今日だけは、この気持ちを忘れない様に彼女の温もりを感じて……あれ? Tシャツは着ているけど何かがおかしい。俺はゆっくりと腰の方へと手を落とす。


 明らかな人肌の感触……この人パンツ履いてない!?


「ちょっとそこは早いのだよ……」

「なんで脱いでいるんですかっ!!」

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