第14話 ファーストペンギン

 目を覚ますと、日の光が入り込んだ部屋は明るくなっていた。楓さん曰く寝ていると脱いでしまうとの事だったのだが、なんだかんだで手は出していない。


 ただ、その姿のまま朝ご飯を一緒に食べ顔を洗う所までするので何度かは見えてしまった。


「楓さん刺激的すぎますって……」

「我慢出来なければトイレで出してきても構わないのだよ?」

「えっ……いいんですか?」

「……冗談なのだよ。出すなら私にバレないようにしてほしいのだよ」


 確かに、自分の家のトイレでとなると毎回トイレをするたびに思い出してしまう。流石にそれは色々と申し訳ない。


 だが、少し照れる彼女を普段の仕返しのつもりで弄ってみる。


「楓さんって、俺の事結構すきですよね!」

「ん? そうなのだよ」


 いやいや、返しが意外な方向から来たぞ?


「友達とか後輩って意味じゃ無いですよ? 男女の関係でって意味ですよ?」

「だから、そうなのだよ? 好きでも無いのにキスしたりパンツを貸したり一緒に寝たりはしないのだよ」

「でもそれはバンドを成長させる為で……」

「他にもいくらでも方法はあると思わなかったのかい?」


 確かに……匂わせをさせるだけならキスまでする必要はない。まさか本当に? まてまて、だが相手は桜庭楓……


「……また、楽しませる為ですか! もう引っかかりませんからね!」

「そう思うならそれでも構わない。どう取るかは君次第だし、人の気持ちは永遠にわからないのだよ」


 なんとも引っ掛かる言葉を残されてしまったが、俺の中でこの一年は彼女の共犯者として、やれるだけの事をやろうと決めた。彼女が俺の事を好きかどうかは一年間それぞれと向き合ってみた中で決めればいい。


 その時もし、選んだ相手が俺を選ばなかったとしても後悔はしない。……多分。



 学校へ行く支度を済ませると一緒に家を出る。来た時とは違う朝の明るさと慣れない場所からの登校が新鮮だった。


「藤原くん、今日の私はどうなのだよ?」


 普段通りの制服、スカートの丈も短めなのも変わらない。だが、ちゃんとパンツは履いているのかは気になってしまう。


「君はスカートの中にしか興味がないのかい?」

「いやいや、そんな事は……」

「心配しなくてもちゃんと履いている。それで、可愛いのかい?」

「それ、言わせます?」

「言ってくれなければわからないのだよ」

「……可愛いです。本当に」

「可愛い私と登校できるなんて、君は幸せ者なのだよ」


 相変わらず調子が狂う。けれども暗い所で見るより明るい所でみた方が透き通る肌がハッキリと見えて楓さんは可愛い。


 なんて言うか、やっぱり隙が無いんだよな。


 だが、しばらく歩いていくと、見た目に合わず禍々しいオーラを放つボーイッシュな美女が仁王立ちをしているのが見えた。


「楓! 待ち合わせ時間を決めたなら守りやがれ!」

「あれ? 玲がいるのだよ」

「お前が七時半に待ち合わせって言ったんだろうが!」

「おお……すまない忘れていたのだよ」

「その様子なら何となく察しは付く。亮太、手は出してないだろうな?」

「えっと……出して無いです、多分」

「は? ちょっと待て多分ってなんだ?」

「玲、心配しなくても手は出されていないのだよ。汁は出されているかも知れないのだけど……」

「汁って……亮太お前、ヤッたのか? それで、どうだったんだ楓の身体は?」

「いやいや、興味はそっちなんですか! だから何もして無いですって……」

「その可愛い顔を汚してやるって、かけられただけなのだよ」

「亮太ー! そんな事まで……」

「楓さんも事実をネジ切るのやめて下さい! そんなシーンは一度も無かったですよね!?」

「それはまぁ……君が寝ている間だったからだよ」


 はい? 嘘でしょ……どおりでなんとなくスッキリして……いないな。うん、逆に安心した。


「まぁ、嘘なのだよ」

「なんだよ楓、期待しちまったじゃねぇか! でもまぁ、亮太は色々と吹っ切れたみたいだな」

「はい。なんとなくではありますけどね」

「ただまぁ、そろそろうちらは本格的に動いていかねぇといけねぇからな……」

「玲さん、一つ提案があるんですけど」

「どうした?」

「たまにで構わないので、練習の時に俺もギターで入ってみてもいいですか? もちろん、リズムギターだけで入ります」

「ふむ、うちもお前のギターの実力は知っている。リズムギターを重ねるくらいならアレンジに影響が出る事はないだろう。だが何故だ?」

「【インサイトシグナル】を知る為です」

「なるほど。だが、亮太にはメインの仕事があるから、練習してそのあたりが疎かになる様では本末転倒だ」

「それは、問題ないと思います」

「それなら別に構わないぞ?」

「ありがとうございます!」

「とりあえず今は練習もそうだが、活動をどうするか決めていかないとな!」


 楓さんと過ごした事で分かった事がある。今のメンバーになる前にきっと彼女自身が手の届かない存在が居たと言う事。多分新しい編成でそれぞれが発揮する事が出来れば、そこに届くのだろうと考えていると言う事だ。


 つまりは、今来ている出演依頼の中で選ばないといけないのは……プロもしくはそれに限りなく近いバンドだ。


 俺は休み時間を利用して、出演依頼のバンドを漁った。流石は人気バンドという所か、出演予定として出されている相手のバンドもかなりレベルが高い。


 その中で俺は一つのバンドが気になっていた。


【刻まれた苺】という、曲目なのかバンド名なのかよくわからない名前だが、聞いた事のある名前だった。だけどこのイベントジャンルはバラバラだが、全体的にかなりレベルが高いな。


 その中でも【刻まれた苺】通称キザ苺は【インサイトシグナル】に近い物を感じる。元人気メジャーバンドのドラムを中心に実力派のインディーズバンドのメンバーで固められたこのバンドは俺たちの上位互換と言ってもいいだろう。


 まずはここを目指しぶつけてみるのがいいんじゃないだろうか?俺は早速練習の時に提案する事にした。


「次のライブなんですけど、この【ファーストペンギン】というイベントに出てみませんか?」

「なるほどなぁ……亮太に意図はあるのかも知れねぇが、かなり厳しいとは思うぞ?」

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