第15話 仕事
「そのイベントはライブハウスの店長が企画しているイベントで、ほとんど出てくるのはインディーズの実力者ばかりなのだよ……」
「藤原くん、そんなのに出て大丈夫なの?」
「か、風間は何でもがんばりますっ!」
正直風間以外は微妙な反応だ。無理もない、文化祭以前のライブを追って行くと、バンドの完成が出来ていなかったのもあるかも知れないのだが、チハルさんがいなくなってからは実質格上のバンドとはライブをしていなかった。
「狙いはあります。俺が思うに【インサイトシグナル】が伸び悩んでいるのは挑戦しなくなったからです。別に実力の話ではなくバンドとして伸び悩んでいるって話です」
「確かにチハルさんの時は無茶苦茶なイベントも多かったからなぁ……」
「これは俺の考えなんですけど、音楽は勝ち負けじゃないと思っているんですよね」
「それは違うのだよ。現に君達のバンドは解散してしまった」
少し暗い顔をして楓さんはそう言った。
「いや、違うんです。正確には半分は……」
「どういう事だい?」
「確かに文化祭で棒立ちだったのをあそこまで盛り上げられたのは凹みました。だけど、俺的にはそこまで悪いことだとは思って無かった」
「そうなのか?」
「拓也の歌は上手いけどバラードが好きだから盛り上げる歌い方しないですし、桐島兄弟はガールズボーカルのバンドがしたかったから自分達の技術を上げる事に必死だった」
「そもそも盛り上げようとしていたのは亮太だけだった訳か……」
「俺も盛り上がればいいなって……だから別に、棒立ちで聴いてくれていても良かったんです」
「なら、何故解散したのだよ?」
「それは……」
俺は言葉に詰まりながら神崎を見た。
「私?」
「噛み合って無かった中で、桐島兄弟が崇拝する神崎に告白されたから……まぁ、きっかけに過ぎないんですけど」
「そんな……」
「いや、神崎は別に悪くない。纏まると思っていたのが纏まらなかっただけだから」
「そうだね。自分からどうにかしなければ、なんとかはならないのだよ」
「そういう事です。どこかで諦めていて、俺は何も変えようとはしなかったんです」
俺がそう言った後、少し気まずい空気が流れた。無理もないフォローしたつもりだったのだが、神崎が原因だったと言っている様なものだ。
「だが、亮太。それと今回のイベントに出るのとどう関係があるんだ?」
「そこですよね? 俺が言いたいのは、乗り換えてもらう必要は無いって事です。【キザ苺】が好きで【インシグ】も好きというのは音楽なら成り立つと思うんですよね」
「うちらとしてもメリットはある……という事か」
「メリットどころか、格上のパフォーマンスも学べるし、そうして実績や繋がりを作って行く事で成長すると思うんですよね」
「ふむ、うちは賛成するぞ?」
「わ、私もやってみたい!」
「だが、やるからには負けるつもりは無いのだよ」
「か、風間は藤原さんにま、任せますっ!!」
その日から俺はギターで練習に参加する事にした。格上の彼女達をコントロールするつもりはない。けれども、感じた事や考えは聞いて行こうと思った。
「ゆっきー、サビ前のリフって固定出来ないかな?」
「こ、これは入り方に合わせているので、か、風間だけ固定するわけには行かないのです……」
「なるほど……確かに。なら、玲さんからか……」
「いやうちは響に合わせて変えているだけだぞ?」
「わ、私ですか!?」
「確かに……神崎、入る手前でアイコンタクトをしてみるのはどう?」
「少し練習すれば出来ると思う」
入ってみて感じたのは、それぞれのレベルが高い事で臨機応変に対応している部分が多い事だ。それ自体はすごい事なのだが、聞き手の欲しい部分は決めておかないと満足感が減ってしまうと思った。
「亮太くん、気にしているポイントはファン目線かい?」
「そうですね。アレンジの作り方かと思っていたんですけどそれぞれが流れに合わせて対応している部分もあったりして」
「曲を覚えている人に対してのアプローチと言うわけだね?」
「そうです……」
「それより、額の汗が凄いのだよ」
そういうと、楓さんは袖で俺の額を拭いたあと、一瞬ニコリと笑顔を見せた。なんだかんだでこの人順調に匂わせる気満々なんだよな……。
だが、態度には見せていないが神崎の気持ちの入り方が変わり結局は狙い通りになっている。
もう一つの問題は、風間なんだよな……。
練習に参加して分かった事がある。聞いた感じの実力としては、楓さんと風間が同じくらいで、玲さんがそれに次いでいる。曲の全体が見えていない神崎は演奏してみた感覚としてはかなり離れている。だがフロントマンの神崎に関しては必死さみたいなものも武器だから基本的には合わされる側でいいと思う。
しかし風間は違う。楓さんと同じくらいでは無くあえて同じくらいに合わせている。色々と気になる部分を突っ込んでみたのだが、彼女は誰よりも曲を理解した上でフレーズを選択しているのだ。
はっきり言って、実力がかけ離れていてもおかしくないほどに底が知れなかった。ここはコイツを知るチャンスと捉えるべきか……?
「ゆっきー、今日空いてるか?」
「あ、空いてはいるのですけど……」
「どうかしたのか?」
「か、風間は女の子の日でして……」
「言いにくい事を言わせてすまんな。体調が悪いなら無理はしない方がいいな」
「い、いえ。体調は万全です! 軽い方ですし、く、薬がよく効くタイプなので」
「そうか、なら少し時間をくれないか?」
「で、でも……え、エッチな事はできませんよ?」
「いや、しねーよ! そういう誘いじゃねーよ!」
風間と約束した後、俺は玲さんに呼び止められる。
「何故雪に声をかけたのだ? あいつはああ見えてよくやっている。それは亮太も分かったはずだが?」
「玲さんとしてはやっぱり神崎がきになりますか?」
「ああ……まあな」
「神崎は確かに発展途上ではありますけど、彼女はボーカルなんです。言葉を伝えて感情を揺さぶる……楽器隊とはまた別で考えていかないといけないかなと」
「なるほど。ならば雪はなぜ?」
「逆にあいつはギターなんですよ。それもリードギターという自分を出して行く必要がある上物です。ゆっきーにはそれを分かってもらう必要があるなと……」
「リズム隊とは違うという訳か……」
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