第29話 夢中に
「それで楓さん、俺は三曲ともするのがいいと思ってます」
「そうだね、君ならそう言うと思っていたよ。別に私もあの二曲が悪いとは思っていない」
「ならどうして!?」
「進めて行く上で、意図を明確にしておきたかったのだよ」
つまりは、俺が考えていた事は分かっていたという事なのか? だが、何も無くそのまま進めるのでは無く、ちゃんとブランディングとしてやると一致させてから進めたかった……そういう事なのだろうか?
「だけど、君と玲が組んで、響の曲を作るというのは想定外だったのだよ?」
「ちょっと待って下さい。まるで、いけない事みたいじゃないですか! 神崎の新しい力を引き出せたと思うんですけど?」
「引き出せた? 本当にそうだろうか?」
「そうだろうかって……現に神崎は成長していますよね?」
「私は藤原くんには言ったはずなのだよ。彼女に必要なのは【不安定さ】なのだと」
「いや、楓さんは神崎に成長するなって言ってるんですか?」
「そうは言ってはいない。私はただ、響には期待値の役割を担っていて欲しいのだよ」
言いたい事は分からなくはない。バンドとして伸び代を感じない音楽に興味は持たれない。だからこそ、完璧では無く危うさみたいなものが必要なのだと言っているのだ。
「藤原くんの好きなアーティストは誰だい?」
「俺はいっぱいいますけど……」
「歴史に残るアーティストは危うさみたいなものを持っている。ジョンレノン、カートコバーン、ジミヘンドリクス、ボブマーリー。日本でも尾崎豊やhideなんかもそうなのだよ」
「楓さんは、神崎に死ねって言っているんですか?」
「別にそうは言ってない。ただ、彼女にはそうなれる可能性を感じているのだよ」
「俺には分からないです。少なくとも神崎は必死にもがいていました、その結果出来たのがあの曲です。楓さんの言うアーティストも一歩づつもがいた結果なだけだと思います」
そう言いながらも、本当に危ういのは楓さんなんじゃないかと感じていた。どこか追い詰められている様な、まるで未来を犠牲にしたとしても掴もうとする執念みたいな物が怖いとすら感じられるほどだ。
「君の評価はそうなのだね」
「彼女は彼女なりに成長して、きっと掴んでくれますよ」
「……きっとではダメなのだよ」
楓さんはポツリと呟き歩き出す。俺はふとそんな彼女が何処か寂しそうに見えた。
「楓さんの夢……って何ですか?」
「私の夢? それは音楽で食べていく事なのだよ」
「なんか、意外っすね」
てっきり俺は、名を残すとか世界一になるとかそんな異次元の野望を抱いているのだと思っていた。
「そうなのかい? だけど、食べていける人は一握りしかいないと思うのだよ」
「まぁ……たしかに?」
「藤原くんの夢は何なのだい?」
「俺は……みんな楽しく幸せにする。ですかね?」
「音楽が関係ないのだよ?」
「そうでもないですよ? 中一の時までは、音楽にあんまりいいイメージなくて美容師になりたかったですけど……」
「美容師?」
「そうなんです。みんな美人とイケメンになれば楽しく幸せじゃないですか?」
「それは……なんなのだよ? 元がいい子はそうかも知れないけど、生まれ持ったものにかなり作用されるのだよ」
本当の美人が言うと、なかなか説得力がある。
「それはそうですけど、レベルは無限大に上げられると思うんですよね」
「流石に無限大とはいかないのではないかい?」
「いや、常にアップデートされていると思いません?」
「それは……そうなのだよ」
確かに天然の美人に勝てる様になる事は無いのかも知れない。けれどもそのひとなりの一段階というのは、永遠に上がって行けると思っている。
「だけど、そこから音楽に変わっているのだろう?」
「それは単純に、ギターが好きになったのと音楽の方がもっと出来ると思ったんですよね」
「それはどうしてなんだい?」
「一人じゃ無いからですね。ギターだけなら一段階づつかも知れないですけど、バンドなら一気にレベルが上がる事もあると思うんです……」
「だから、響の提案を受けたという事なのかい?」
「最初は、ただ困っているから助けたいだけだったんですけど、ふとそれを思い出した感じですかね?」
最初から俺は、軽音部に入った理由は青春の思い出を作る為だった。ロックスターになんてなれるとは思ってはいなかったし、【インサイトシグナル】のマネージャーだって成り行きでしか無い。けれども、いつの間にかこのバンドを有名にしたいとか、もっと知られるようにしたいとかそう言う事に夢中になっている自分がいた。
「私は……楽しいではダメなのだよ」
「ふむ……それはダメだと思います」
「ダメ? メンバーの人生を私の曲や演奏で左右しているのだよ? 背負っていない君に言われたくはないのだよ」
「いや、俺的には何背負って勝手に潰れてんすかって話ですね。みんなそれぞれやりたいからやってるんです。楽しく無いって事は夢中になれていないって事なんですよ? そんな雑念だらけの人に背負われたくなんて無いですね」
本当はここまで言うつもりなんて無かった。ただ、楓さんにはPVで見た時の様な、『私以上に人生を楽しんでいる奴はいるか?』みたいな背中を見せていて欲しかっただけだ。彼女位のレベルになるにはそんな気持ちでは無理なのかも知れない。だけど今の楓さんはどこか……嫌だ。
「君にそんな事を言われたら、私はどうするのが正解なのだよ……」
「楽しめばいいんじゃないですか?」
「楽しむって、簡単に言うのだよ」
「俺は、楓さんが音楽に夢中になっていた時期が無いとは思えないんですよね。あの使い込まれたギターを弾いている時はすくなくとも夢中だったはずなんですよ」
「今となっては楽しかった思い出だけど、当時は必死にもがいていただけなのだよ」
「楽しいなんて感情は、リアルで感じる時なんてほとんどないですよ。夢中になった結果、振り返ったときに思うのが楽しむって事だと思うんです。楓さんは今の感じて三年後に振り返って楽しいと言えますか?」
そう言って俺は、立ちすくむ楓さんと別れた。だけどそれが正解だったのかはわからない。彼女はその日、学校に来る事が無かったからだ。
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