第28話 不意打ち?

 とはいえ、モヤモヤが晴れたわけではない。とりあえず解決方法に関しては明日の部活までに考えておかなくてはならない。イメージとしては短期合宿的な形で、一気に曲を完成させるというのがいいと思っている。


 その為には、楓さんに家を借りる必要があるのだが……。


 ともかく、それを説得する為にも俺はまた、母親に相談してみる事にした。


「うーん、難しい事を考える様になっているのね」

「実際、バンドの実力はかなりあるからね」

「私が思ったのは販促をする考え方に近いのかしら?」

「販促?」

「私の仕事が、会社の商品を売るための企画をするというのは知ってるわよね?」

「バンギャ時代の経験を活かして餃子を売ってんだろ?」

「そう……なぜ活かせるか分かる?」


 確かに何かを売るというのは一緒かもしれないが、バンドと餃子ではどうやって活かすのかがわからない。


「わからないみたいね。ノウハウに共通する部分があるから活かせるのよ?」

「いや、全然ちがうだろ!?」

「そう? バンド名が餃子だとしたら同じ感じがしない?」

「そう言われても餃子は曲作らないだろ?」

「作っているのよ? 皮であったり、具の配分や味付けが曲みたいな物なのよ?」

「考えて作られているからって事かよ?」

「亮太の言っていたトレンドも流行っている店がある以上あるし、尖った餃子を作る事だってできるのよ?」

「しそ餃子とか確かに尖っているよな……」


 なるほど。そう言われてみると理解できなくはない。


「つまりは、人気に合わせて作るのはマーケティング。好きになってもらう他が作っていない物をつくるのはブランディングという形になるの。そもそもの需要がちがうのだから似ている様で似て非なる物よ?」

「なるほど……ブランディングか」

「需要自体の大きさは少なくなるのだけど、戦う相手がいないのだからその分有利にはなるわね」

「となると王道で一番を取れる形が一番強いのか」

「それも少し違ってくるわ。王道で上位に行く為にもそのバンドにしか出来ない事が必要。似ているけど特徴がないならオリジナルを求めるでしょ? 餃子なら値段で戦う事もできるけどオリジナルが前提のバンドだとチケット代が安い劣化版を見たい人はどのくらいいるかしら?」


 引っかかっていたのはそこなのだろうか? いや、別に楓さんは劣化版を作っている訳じゃ無い。自分達の強みを活かして落とし込んでいる……やはり楓さんが正しいのか?


「理想は尖って作った形が王道になる事なのだけど、それは運の要素が大きいかもしれないわね。世の中の傾向とかまで読む事が出来れば意図的に出来ない事は無いと思うのだけど、大手の会社レベルでないとそれも現実的ではないと思うわ」

「母さん意外と考えているんだな……」

「そういうのが好きなのよ。だからバンドをやりたいとはならずバンギャをして手伝いなんかをしていたのだから」

「そういうのが好きか……」

「あんたがマネージャーをするのも遺伝かもしれないわね」


 まぁ、俺はたまたま流れでそうなってしまっただけなのだが……だが、母親のアドバイスもあり三曲を入れ込むというのが説得出来る様な気がした。どれかではダメなんだ、トレンドを追いかけるオリジナルと、新しい世界を見せる曲。二つの要素を入れてこそ、格上と戦う事ができる。


 いや、戦う……というよりは共に盛り上げた結果、うちを選んで貰える様にするというのが近いのか?


 その晩、母親と話した事を玲さんに伝え、説明するための協力を煽る。彼女も理解してくれた様子で動いてくれるみたいだ。


「だけど、三曲のアレンジはどうするつもりなんだ?」

「俺としては楓さんの家で合宿出来ないかなと思ってます」

「そういえば楓の家に行ったんだったな」

「あそこなら、電子ドラムもありますしアレンジを詰めていくのには最適な環境だと思うんです」

「確かに、機材に関しては足りない分を持って行けば合宿出来ない事は無いな」

「そうですよね?」

「ただ、全員の家の許可が出るかだな。楓やうちはともかく、雪や響は外泊の許可が降りるかはわからないからな」

「確かに……」


 風間は多少自由な感じはするが、神崎はなんとなくいいとこの子と言った感じがする。女子会という事にはできるだろうがそもそもそれでもダメな家はあるだろう。


「そのあたりは明日言って見てからだな。亮太もなんだかんだで難しいかもしれないから根回ししとけよ?」

「俺はは拓也の家に泊まると言えば多分大丈夫ですよ」

「それならいいけどな!」


 確かに、バレて一番ややこしいのは俺だろうな。親に挨拶するとか言い出したらフォローのしようがない。その時は一旦拓也の家に寄ってからいくしか無いか。


 俺はなんとなくバンドのメールボックスを開くと、【ファーストペンギン】からメールが来ていた。


 なになに、セットリストの提出とチケットか。大半は予約になるだろうけど何枚かは貰っておいた方が良さそうだな。明日にでも目安の枚数を確認しておくか……。


 出演順が……トリ前? まぁ、予想はしていたが、他のバンドがインディーズバンドなだけに、改めて期待値が高い事を実感する。俺の元バンドなら前座すら出来なかっただろうな。


 不安な気持ちと、負けない自信がグルグルと回る。次第に本当に説得出来るのかという疑念すら湧いてくる。


 ダメだダメだ……ネガティブな事を考えてはいけない。きっと大丈夫、俺はそう言い聞かせて眠りにつく事にした。



 だが、次の日……予想もしていなかった事が起きる。


「やぁ……おはようなのだよ」

「って楓さん? なんでうちの前に? 家から全然違う方向ですよね?」

「君と一度話しておきたいと思ったのだが、ダメかい?」

「ダメでは無いですけど……話って何ですか?」

「私との約束は覚えているかな?」

「か、神崎に嫉妬させる……」

「少し違うのだよ、だけどそれはいい。君はなぜ響と曲を作っているのかな?」


 そう言って彼女は笑顔を見せてはいるものの目が笑っていない。ダメだったのか? いや、バンドに貢献としては全く問題は無いはずだ。


「新しい形として、アリだと思ったんです……」

「なるほど……少し歩きながら話すのだよ」


 そう言うと楓さんは、駅に向かい歩き始めた。説得するつもりだっただけに不意打ちを食らった様な気分だった。

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