第27話 アップデート

「なるほどね。玲に自信があった理由は分かったのだよ」

「な? 言いたい事は分かっただろ?」

「うーん、か、風間としては藤原さんのギターを生かして見たい所ですね」

「いや、俺は全然変えてもらって構わないよ?」

「と、所々に工夫が感じられます。も、もちろん、風間の音ではないので、そ、そのあたりは変えますけど」


 風間のその言葉が俺には嬉しかった。確かに力の差は明らかなのだが、それでも俺は経験を駆使して出来る限りのアレンジはしたつもりだ。それだけでも分かってもらえたのなら、無駄じゃなかったのだと思う事が出来る。


「チハルさんのバンドに当てるには、ちょっと狙いすぎていないかい?」

「楓は正攻法で行くべきだと思っているのか?」

「最近のトレンドは、やはり強いと思うのだよ」

「だがな、うちらはうちらだぞ? こっちじゃ無いにしても風間の曲の様な形でいくべきなんじゃ無いのか?」


 珍しく、二人の意見が割れる。言い分としてはどちらも理解できる。楓さんのバックグラウンドを考えても分析されたトレンドが外れているとは思えない。しかし、風間の曲や俺たちの曲みたいに新しい試みでファンを掴む事も必要だとも思う。


「玲の言う事はわかる、しかし賭けになるのだよ?」

「リスクを冒さないで勝てる相手じゃ無い」


 楓さんが自分の曲じゃ無いから言っている訳じゃ無いのは分かる。実際、確実に売れるだろうと言うのは楓さんの曲一択だと思う……。


「このままじゃ埒があかねぇな。一旦三曲ともアレンジしてから決めるしかねぇみたいだな」


 不穏な空気を察したのか、玲さんはそう言って話を切り上げようとした。だが、今回は上手くは行かなかった。


「これはアレンジの問題ではないのだよ。チハルさんの時の事をもう一度繰り返すつもりなのかい?」

「……そうだな。楓の言う通り、これはアレンジじゃなくて方針の問題だ。だが、そんなすぐに答えが出る話じゃねぇ……悪いが少し時間をくれ」

「わかった。だけど時間はない、明日までに答えを聞きたいのだよ」


 そう言うと楓さんはベースをしまい、教室を出て行ってしまう。玲さん以外はその姿を呆然と見ている事しかできなかった。


「あーもうっ……」

「玲さん?」

「くそっ、楓の奴。あれじゃあ方針に従えないなら抜けると言っている様なもんだろ」

「チハルさんの時の事って……何なんですか?」


 そう言うと、玲さんはその場で胡座をかいて座り込んだ。


「お前らには話して無かったよな。チハルさんが抜けた本当の理由……」

「卒業するのに色々と間に合わなかったからじゃ無かったんですか?」

「半分はそれだが、他に根本的な理由はある。このタイミングで話しておくのもいいかもしれねぇな」


 そういうと、玲さんは深呼吸をしてから話し始めた。


「去年の今頃、うちらが大きなイベントに出たのは知っているよな?」

「メジャーバンドや人気のインディーズが出る、『飛山温泉』主催のイベントですよね?」

「そうだ。正直な所、人気がうなぎのぼりのうちらはそのまま大手のレーベルの契約の話まで進むものだと思っていた」

「動画なんかにも結構でてましたよね。契約の話は来なかったんですか?」

「いや、あるには有ったのだが、高校生の肩書きが無くなるチハルさん以外で高校生のギターを入れるのが条件だったんだ」

「そんな……」

「デビュー直後に現役高校生と謳えなくなるというのは、確かに理由としては妥当かもしれない。同級生の夏川が代わりになるという案もあったが、一緒にやって来た事もありチハルさん抜きでまともにやっていけるとは思えなかった」

「それは、チハルさんが可哀想です!」

「いや、チハルさんとしては自分が原因でプロになれないというのは続けられないって感じだったんだけどな」

「確かにそうですよね。自分のせいでってなっちゃいますしね」


 いつデビューしてもおかしくないとは思っていたが、そこまで話が出ていたなんて正直知らなかった。


「だが、楓の考えは違った。高校生の肩書きが無いとデビュー出来ないならデビュー出来ても続かない。だから、有無を言わさないレベルでプロを越えなければいけないってね」

「それに近い事を楓さんから聞いたかもしれません」

「あの日から、楓は変わった。だが、うちとしては悪いとは思っていない……より良い音楽を作る為には研鑽していく必要はあるし、価値観は常にアップデートしていかなくてはならないからな」


 だが、その事がきっかけでチハルさんは抜ける事となった。楓さんと玲さんは彼女がアップデートする事が出来なかったと考え、意思を尊重したという訳だった。


「俺たちが楓さんの考えを理解出来ていないって事ですか?」

「うちはそうは思わない。あの時とは違い楓を否定しているわけでは無いからな、今回だって雪とうちらの曲が無ければ間違いなく楓の曲を選んでいただろうしな」

「か、風間には難しい話です……」


 天才型の風間としては、彼女の中に正解がある。だからこそ理解し難い問題でもあるのだろう。


「問題は、その事を言語化出来ない事には楓は納得しないだろうって事だ。基本的に妥協するタイプではないんだよ」


 言語化か……確かに、両方とも正解なんて言われても納得はしないだろう。俺としても双方のいいとこ取りが出来ればそれに越した事はないのだが、対極的なだけにあやふやにしてしまっては中途半端で終わってしまうだろうな。


「あの……思ったんですけど」

「響、何かいい案でもおもいついたのか?」

「全部するというのはダメでしょうか?」

「三曲ともって事か?」

「聞いた感じだと一曲ではバンドの方針を表現するのはむずかしいと思ったんです。だけど、ライブって全部の曲で表現していくものなんじゃ無いかなって」

「確かに一理あるな。だが、期間は短い。三曲とも詰めるとなると間に合うのか?」

「いや、神崎の言う通りだな。練習するという無理なら何とでもなるかもしれない!」

「どういう事だ?」

「擦り合わせる方法は無くても、曲を詰める方法ならいくらでもあるって事ですよ!」


 脳筋的な発想だが、時にはそう言ったやり方も必要だ。問題に関しての整理は俺がやるとして、彼女たちにはその分練習で補ってもらう形が一番いいのだろうと考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る