第26話 後は託した
シャワーを浴びれたおかげで、サッパリとしたまま授業を受ける事が出来た。だが、一瞬ではあったものの、神崎の裸を見てしまった事が頭から離れなかった。
あのまま付き合っていたら、あの身体を独占出来ていたかもしれないんだよな……。
そんな事が頭をよぎりながらも、玲さんの感触も思い出してしまう。実際には二度目なのだが、彼女と話していくうちにいつの間にか鋼鉄の肉体のイメージとなっていただけに、改めて美少女の一人なのだと認識し直してしまう。
いやいや、そう言う事を考えてはいけない。それより玲さんの実力を思い知った事を考えなければ……。
普段はロック的なドラムアレンジが多い。時々繊細で複雑なフィルが見られるところから多少はジャズ的なドラムも練習しているのだとは思っていたが、あそこまで自由自在に叩けるとは思っていなかった。
楓さんや風間と大して変わらないんじゃないか?
そもそも【インサイトシグナル】の初期メンバーだから、楓さんと同等の実力があってもおかしくはないのか。そんな事を考えているうちに放課後になり、メンバーが揃う事となった。
「今日はだな、こないだ言っていた新曲の進捗を知りたいとおもったわけだがどうだ?」
「私は元々作ってあったのを出すのだよ」
「か、風間は出来たんですけど、ど、ドラムとベースでかなり変わる曲なので合わせてみたいです」
「まぁ、流石というかだな。実は今回はうちらも一曲作って来たんだ」
「玲が? 曲が作れるとは聞いてなかったのだよ」
「楓、
「なるほど、藤原くんなら元々曲は作っていた訳だから纏められるという訳かい?」
「まぁ、そう言う事だ!」
楓さんはどうやら納得したみたいだ。だが、風間は少し不服そうな顔をする。
「な、なんで、風間も呼んでくれなかったんですか!」
「いやあ、雪は一人の方がいいだろ?」
「それは俺も思う。ゆっきーは意外と完璧主義者だから、神崎のフィーリングを詰めかねないと思ってな」
「そ、そんな事は……」
「なら、神崎のサビだけのメロディに曲をつけられるか?」
「まぁ……い、意図は聞きますけど」
「それだよ。ゆっきーの曲はかなり緻密に作られているからな、ギターでは臨機応変に対応できるが、それは完成形を頭の中ですぐに組み上げるからだ。だから完成していない物を組み上げる時は選択肢が多すぎるんだろう」
「むむむ……」
以前風間は、曲を作るのに時間がかかる的な事を言っていた。実際にはそれほど時間はかかってはいないのだが、即興アレンジが出来る彼女にとってはそれほど思考しなければならないと言う事なのだろう。
「まぁ、細かい事は気にするな! とりあえず三曲とも聞いてみてから悩めばいいだろう!」
玲さんがそう言うと、二人とも納得した様子で頷いた。
「まずは私から出すのだよ。既に打ち込んでいるし、歌も入れているからとりあえず聞いてみるかい?」
「そうだな、繋いでみてくれ!」
楓さんの曲を流すと、今までには無かった変拍子と転調が絶妙なバランスで纏められた曲だった。確かに今の音楽シーンのトレンドを掴んだ完成度の高い曲だ。ギターがあっさりとしているのは風間が入る事を想定しての事だろう。
「うむ、流石だな。最前線のアーティストから一歩出た様な作りはしっかり研究されているいい曲だ」
「俺もそれは思いました。【インシグ】でする事で、最前線にはいない感じもするのでかなり強いと思います」
「て、転調のアレンジはお、面白そうです」
一曲目から桁違いだな。強いて言うならこの造りはかなりボーカルが難しくなる。神崎は上手いが万能では無い。彼女の技量を考えるとかなり練習しないと歌わされている感じになってしまうだろう。
「つ、次はか、風間の番ですかね?」
「そうだな、今回もスマートフォンで録音したのか?」
「は、はい。め、メロディだけ打ち込んであとはギターだけです……か、歌詞もあります」
「ゆっきーは歌って入れないのか?」
「か、風間は歌えないので……」
「意外だったか? 歌うと吃音は出ないのだが、音を合わせにいくから歌い方が無茶苦茶になるんだよ」
「なんだそれ?」
「だが、打ち込みでも充分分かるレベルのクオリティだから心配はしなくていい」
天才にも弱点はあったのか。だけどなんとなく聞いてみたいとも思う。
だが、音を流した瞬間そんな事はどうでも良くなった。ギターと打ち込みだけなんだよな……? まるでドラムやベースまで聞こえて来そうな高速でキレのあるカッティングギター。こんなのギターだけで売れそうなレベルだ。
ファンクな雰囲気とは裏腹に、可愛らしく柔らかいメロディは神崎の優しい歌い方を分かっている様にゆったりと、しかしピッタリとハマっている。楓さんが分析で作られた曲なら風間はセンスでぶん殴る様な曲だ。
本当に規格外もいい所だ。こんな完成された曲の中で俺たちが作った曲なんて出しても……。
「亮太、何を落ち込んでいる?」
「いや、だって……楓さんや風間の曲のレベルには俺たちの曲では難しいなと……」
「ふむ、現時点ではそうだろうな」
「やっぱり……」
「だが、うちらはバンドだ。エース二人がまだこの曲には入っていない。それに歌物の主人公が誰だと思っているんだ?」
「それは……もちろんボーカルですけど」
「なら、それを信じて弾けばいいだろう?」
確かに……楓さんや風間はすごい。だが、そこから想定外の事が起こるとは二人の演奏以外では考えにくい。それに比べて俺たちの曲は、その想定外を起こせる二人ともが居ない状態でここまで出来ているのだとしたら……。
「さあ、ケミストリーを起こそうか!」
そう言うと玲さんは自信満々にドラムセットに座る。俺もギターを繋ぎ、神崎もマイクを手に取った。
「ふむ、玲がここまで自信があるのは久しぶりなのだよ!」
「えっ、えっ、そ、そんな感じで出来ているんですか?」
「正直俺はここまでだ。後は楓さん、ゆっきー……この曲を託させてもらうからな!」
俺も玲さんに習って格好をつけたつもりだったが、いざ普通に受け入れられてしまうと少し恥ずかしくなってしまった。
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