第25話 物理的に
音楽室に着くと、玲さんはすぐにドラムをセットする。俺もギターを繋いでいると、神崎は準備が出来ている様だった。
「それで、玲さんなんで体操服なんです?」
「そりゃまぁ、朝の運動だからな! あと、スカートだと亮太の朝ダチが治らんだろう?」
「とっくに治まってますよ!」
「藤原くん……そうなの?」
「神崎も股間をみるな!」
確かにドラムの運動量は激しい。ギターでもライブなどではかなり消耗するくらいだ。だが、今日練習するのはバラード調の曲なんだが……。
「まぁ、曲は聞かせてもらった。強いて言うなら、あの感じな
ら二人でやれ」
「いやいや、朝練しにきたんですよね?」
「うちは
「ドラムが入ると変わるって事ですか?」
「まぁいい。適当に入るからちょっと弾いてみろ、ドラムを聞いて合わせてくれればいい」
何かアレンジするつもりなのだろうか? だが、バンドでするには少し弱いと思っていた事もあり、期待してしまう。
俺は曲を弾き始める。ゆったりとしたアルペジオから神崎の優しい歌が始まる。歌詞はもう出来ているらしく、歌に迷いがない。だがAメロが終わりそうになると玲さんが、ハイハットを叩き始める。
ちょっとまて倍速でリズムを取っているのか? 終わりがけにドラムロールからBメロで跳ねたリズムを作り出す。そんないきなり変えられても困る。俺はリズムだけを変える形でついていくものの神崎はそのまま普通に歌う。
優しい歌を生かしたままのアレンジ。激しさはあるもののジャズの様な繊細なタッチで細かいリズムを作る。いやいや、上手いのは知っていたけどこの人こんなに上手かったのかよ……。
「ちょっとまてー!」
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないだろ! 亮太、ドラムを聞けと言ったはずだが?」
「いやいやいや、こんなアレンジの引き出しなんて無いですって
!」
「雪なら普通に切り替えるぞ?」
「
「そうか……」
「というか、何なんですこのアレンジ。急に跳ねたリズムにかえるし、細かすぎますよ!」
「曲を聞いた時にな、響の優しい歌い方は生かした事が無かったなと思ってな。これならバンドでもこの雰囲気を殺さずに出来るだろう?」
「……確かに。でもこんなの出来る人限られてきますよ」
「ん? あと楓が出来れば問題ないだろ? それに限られるならそれこそうちらにしか出来ない音楽じゃないか?」
「それに俺は入って無いですけどね!」
「心配するな、元々入ってない!」
「なんか悲しい!」
確かに彼女のいう通りだ。風間なら予想もしていないフレーズで空気を壊さず弾く事はできるし、楓さんも難なくアレンジして弾きこなしてしまうだろう。この曲なら採用される可能性はかなり高くなる。
「だけど、作ったのはほとんど藤原くんだよ?」
「気分は農家だけどね!」
「そうだぞ? 素材があるからできるんだ。そうと決まればとりあえずついて来い、詰めるぞ?」
「わかりましたよっ!」
新しいアレンジは、玲さんのアイデアがどんどん織り込まれていく。最初はバラード調のギターとボーカルだけで始まり、明るく、だが少し切ない感じも残す様なアレンジへと変わる。たかだか一時間程でこの曲の完成度は格段に上がった。
この人が加わるだけでここまで変わるのか。神崎の歌の力があると言うのは前提として、引き出す実力に俺は衝撃を受けていた。
これでバンドではそこまで目立つ方じゃ無いって、【インサイトシグナル】はどれだけレベルが高いんだよ。
練習が終わり、俺は玲さんに呼ばれた。
「亮太、まぁ気にするな」
「バンドでする時はあの二人がはいりますからね」
「それもそうだが、今回響を引き出したのは紛れもなくお前の力だ。つまりは……ちゃんとマネージャーの仕事をしてるって事だな!」
「そう言って貰えるとありがたいんですけど……」
「それより、汗かいただろ? だから体操服を着ておけと言ったのだがな!」
「いや、着てましたけど言ってはないですよね?」
「とりあえずシャワーでも浴びるか!」
そう言うと運動部の部室がある体育館裏へと向かう。なぜかバレー部の部室の前に着くと、彼女は朝練後のバレー部に声をかけていた。
「おう、お前ら借りていいって!」
「シャワー室ですか?」
「二人ともスッキリして授業受ける方がいいだろ?」
「私は……」
「響も、メイクなら後ですればいい」
「それよりここって女子のシャワー室ですよね? 男子の方も借りてくれたんですか?」
「いや? 別に仕切られているし問題ないだろ?」
「個室までは裸なんですけど……」
だが、玲さんの勢いに負け順番に入る形で俺はシャワーを借りる事に。両サイドでは二人がシャワーを浴びていると言う状況になる。
「やっぱりめっちゃ気になるんですけど!」
「つべこべうるさい奴だな! どれ、そんなに立派なものがあるのか見てやろうじゃ無いか!」
「ちょっと、鍵ないんですから開けようとしないでください!」
「ちっ、今日はこのくらいで勘弁してやるか」
更衣室に戻ると、タオルを持って来ていない事に気づく。とりあえず何かで拭きたいのだけど……すると奥から玲さんが現れた。
「いやいや、何で自然に入ってくるんですか!」
ロッカーに身体を隠すと、彼女はバスタオルを差し出した。
「ほら、持って無かっただろ?」
「あ、ありがとうございます……」
俺はしっとりとしたバスタオルで拭くと、すぐに服を着た。タオルを返そうと脱衣所を出る。
「次は響に貸してやってくれ」
「……これってもしかして、玲さんが使っていたタオルですか?」
「そうだが? 予備なんてあるわけないだろ!」
いやいや、この人大丈夫か? まぁ、でも神崎も困っているだろうしこれを渡すしかないか……。
「えっ……ちょっと藤原くん」
「うわっ。スマン、タオルを置きに来ただけなんだ!」
上がりたての神崎と鉢合わせになり、慌てて更衣室を出る。
すると俺は玲さんにぶつかって倒れてしまった。
「亮太、一応言っておくが私は女だぞ?」
「えっと……分かってます」
「いきなり押し倒されると流石に耐えれないのだが……」
「あっと、それ物理的にですよね?」
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