第30話 バンドの価値観

「えっ……楓さん休みなんですか?」

「ああ、朝メッセージが来たんだよ。なんか体調崩したみてぇでさ……タイミング的に、練習には来ると思ったんだけど連絡ねぇから無理そうだな」

「そんな、無理にこられても」

「楓は頑固な所があるからな……」


 俺は、彼女に朝会っていた事は言えなかった。まさか、あのせいで休んだとかじゃないよな?


「曲作りとかで、結構無理してたのかもな」

「あ、でもそうなると合宿の話どうします?」

「とりあえず二人には話して、泊まれるかの確認だけはしておいた方がいいだろ。楓もダメとは言わないだろうし」

「そうですね……」


 予定が狂ってしまったというのもあるけど、本当に体調不良なのかが気になっていた。


「亮太は何か予定あるのか?」

「いえ、今日は練習のつもりだったので。でも、予定が空くならムンドにチケットを取りに行こうかと」

「30枚で、あとは取り置きの枠を抑えてもらえば大丈夫だ。でも用意とかもあるし先に連絡しといた方がいいかもな」

「じゃあ、とりあえずそれで連絡しておきます」

「あ、うちもついていくわ。久しぶりにケチャさんにも挨拶しておきたいし」

「分かりました。放課後、二人に説明したらそのまま行きましょうか!」

「おう。それでいい」


 楓さん、体調大丈夫かな……。


 結局その日は、休んだまま連絡が来る事は無かった。放課後に集まると、二人には今後の予定を説明してとりあえず今週の土曜日に泊まれるかを確認しておいてもらう事になった。


「まぁ、とりあえずそう言う事だから今日は練習は休みで。うちらはチケットを取りに行ってくるから二人は練習するなり、やすんでおくなりしといてくれ!」



 こうして俺は、朝楓さんに会った事を言い出せないまま、玲さんとライブハウス、【ソドム】に向かう事となった。


「悪いな、予定狂っちまって」

「いや、仕方ないですよ」

「しかしまぁ……なんていうか」


 いつもとは玲さんの雰囲気が違う。まるで何か考え事でもしている様な、心ここに在らずと言ったような感じがする。だけど先に口を開いたのは彼女だった。


「なぁ、亮太。お前、朝楓に会ってたんだろ?」

「えっ……なんでそれを?」

「なんでってまぁ、そのあとにうちも会ってるからな」

「そ、そうなんですか?」


 玲さんとは連絡している可能性はあった。だが、まさか会っているとまでは考えてはいなかった。


「まぁ、時間必要だったのは楓の方だった訳だな」

「じゃあ休んでいるのって……」

「まぁ、そう言う事だな。それに、いい機会だと思ってな」

「いい機会?」

「ああ、亮太も予定が空くだろうし、一度会っておいた方がいいんじゃ無いかと思っていた訳だ」

「えっ……誰にですか?」


 そう言うと、【ソドム】の前に大人の女の人が立って居るのが見える。ライブハウスには似つかわしく無いオシャレ大学生のような風貌。パーマが綺麗に当てられたボブヘアーのお姉さんに俺は見覚えがあった。


「もしかして……チハルさん?」

「そ。おーい! 久しぶり!」

「玲、相変わらず元気いいんだね」

「まぁな。チハルはは最近どうなんだ?」

「私もそれなりには元気だよ? その少年は?」

「こいつは亮太。今うちのマネージャーやってんすよ」


 タメ語と敬語が混ざった感じが、二人の仲を物語っている。いやいや、仲悪かったんじゃないのか?


「玲さん?」

「ん? どした? なんか、納得いかねぇ顔してんな?」

「いや、チハルさんって仲悪かったんじゃないんですか?」

「なんで?」

「いや、なんでって抜ける時に確執がある様な事を言ってたじゃないですか?」

「方向性が違うってだけだろ? 別にうちは個人的に仲悪いわけじゃねぇけどな?」

「そうね。玲は割り切れるタイプだもんね。楓はそうはいかないみたいだけど……」


 つまり、根に持っているのは楓さんだけって事か?


「いや、でも玲さんも意識してたじゃないですか?」

「そりゃバンドとしては意識はするさ。チハルさんがいなくなったからボロボロになってますとは言いたくはないだろ?」

「私もそうだよ? 二人と別のバンドだからって忖度するつもりはないもの」

「そう言うもんですかね……」


 確かに桐島兄弟も彼ら自体が嫌いになった訳じゃない。ただ別の道を歩む様になった……玲さんとチハルさんも同じ様な感覚なのかも知れないな。


「それで、文化祭の時からは変わった?」

「楓以外はいい方向にむいているんじゃないかな?」

「楓は? なんだかんだであの子が動かないとバンドとしては結構きびしいんじゃない?」

「そうなんだよな。まぁ、今は亮太が手綱を握ってくれている感じでギリギリって所すかね?」

「えーっ? あのじゃじゃ馬を男の子に任せてるの!?」

「結構気に入っているみたいで、家にも入れてもらったみたいすよ?」

「えーっ!? それはもう……脈しかないわね」


 久しぶりなのか、玲さんとチハルさんの会話がはずむ。思っていたより気さくな人だった事と、玲さんとすごく仲が良さそうなのが意外だった。


「そう言えば、今度私たちのバンドと対バンするんだよね?」

「そうですね……チハルさんの所は格上のバンドなんで、できる限り頑張ってますけど」

「格上? 本当にそう思っているの?」

「だって、経験もちがうし、有名人揃いじゃないですか?」

「うん……確かに知名度はあるわね。個性の強いメンバーだけど最近はまとまりつつあるし……だけと今の【インシグ】が戦えない相手では無いと思うけど?」

「そうなんですか?」

「見せ方次第ではあるけど、個の力で言えば、楓やギターの子はともかくとして玲でもかなりの化け物よ? それに、面白そうなボーカルの子もいるじゃない?」

「実力はあると思いますけど……」

「だとしたら残りは貴方の腕次第なんじゃないのかしら?」

「俺の……腕?」

「どこまで関与しているかはわからないけど、楓や玲が苦手なのは売り方だけだから、そのあたりを上手く見せられたら充分脅威を感じるのよ?」


 そう思っていたのか。 きっと【インサイトシグナル】を作り上げた彼女が言うのなら間違いはないのだろう。だが、どうすればいいかは正直な所俺は分かっていない。


「あの……こんな事聞くのも違うのかもしれませんが、俺に教えて貰えませんか?」

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