第31話 教示

「私が教えるの?」

「あ、はい。おかしな事を言っているのは理解してます。ですけど、以前の様に売り出していくには力不足で……」

「なるほどね……」


 俺がチハルさんに聞いた事に関して、玲さんは何も言わずただ様子をみている。その事を悟ったのかチハルさんも少し考えている様に見えた。


「そうね。だけど教えられる様な事はほとんど無いのだけど、強いて言うなら彼女達をどうしたいのか・・・・・・・・・・・ね」

「それはどう言う……?」

「私は別に特別な事はしていないの。ただ玲や楓と組む前のバンドでやりたかった事を出来るだけしていただけ」

「やりたかった事ですか?」

「それも別に、ただの憧れ。二年間出来なかったからその分イメージはあっただけだと思う」


 彼女と話してみて感じたのは、意外と普通の人だったと言う事だ。楓さんや風間を見て来ていた事もあり、俺は勝手に天才的な戦略家だと思っていたのだ。


「それが楓にとって引っかかってしまったのかも知れないのだけど……」

「楓はそうだな。チハルさんを崇拝していた所があったからな……」


 なんとなく繋がってきた。楓さんは、俺で言うところの神崎みたいな位置だったのかも知れない。チハルさんはただ経験値があっただけで実力がそこに追いついてしまったのだ。結果、メッキが剥がれた様になり楓さんはそれを受け入れられなかった。


 そうなのだとしたら、俺は絶望的だ。憧れで過大評価されているチハルさんを超えなければいけない事になる。


「つまりは亮太は亮太のやり方でやればいいって話だろ?」

「そうだね。あえて言うならやりたい事に対して期間を決めておく事かな? この日までにこの準備はしておく、パフォーマンスを完成させる。それが決まれば玲に協力してもらうのがいいかも知れないわね」

「そうだな。うちらは冷静になれない事が多いから、脱線しない様に現実的なビジョンで進めてもらうのがいいかもな」


 現実的なビジョンか……だが、それで楓さんを納得させないといけないと言うのはかなり難易度が高いかも知れない。


「ところで玲はチケットを取りに来たのではないの?」

「そうだ、すっかり忘れてたぜ?」

「今日の出演バンドはもう来ていたから、早く行った方がいいと思うわ」

「ならうちが取りに行ってくるよ」

「あ、俺も行きます!」

「亮太はチハルさんと話していてくれ!」


 そう言うと玲さんはライブハウスの中へと消えていった。二人になってしまった事で気まずさが出てくる。さっきまで話していたとはいえ、ほぼ初対面だ。


「亮太くんだったかしら?」

「はい……」

「玲が居ないうちに聞いておこうかな?」

「な、何をです?」

「亮太くんは、メンバーの中で誰が好きなのかな?」

「いや、そんな恋愛とかは……」

「誤魔化さなくても誰にも言わないわ? 多少は玲から聞いているのだけど……」

「聞いているって言われましても、俺が選べるような相手じゃないですよ」

「そう? みんな貴方の事が好きみたいだけど?」

「……は? いや、神崎とはそれっぽい事ありましたけど、それも保留になりましたし、他は揶揄われているだけというか……利用されていると言うか」

「そう? 聞いている限りだとそんな風には思えなかったのだけれど……」

「いや、情報元は玲さんですよね?」

「あの子は周りをみて我慢しちゃう所があるから、素直にはなれないと思うの」


 ん? ちょっと待て。微妙にチハルさんと話が食い違っている様に感じるのだが俺の気のせいか?


「ちょっとすみません。誰の話してます?」

「私は玲と楓の話のつもりだけど?」

「楓さんと風間の話ではなくて?」

「ギターの子もそうなの?」

「もって言うか、逆に玲さんはその中には入ってないとおもいますけど……?」

「えっ……気づいていないの?」


 俺がチハルさんの言葉を返そうとした瞬間……


「オッケー! 亮太、チケットもらって来たぜ?」

「あ……ありがとう、ございます」


 そう言ってチハルさんの顔を見ると、彼女がさりげなくウインクしたのが分かった。


「それじゃ、うちらは帰るわ。また、ライブで会うだろうからその時はよろしく!」

「うん、こちらこそ! 亮太くんもね?」

「……はい」

「なんだ亮太、まだチハルさんに人見知りしてんのか?」

「そんなんじゃないですけど……」


 ただ、チハルさんが言っていた事が俺は気になってしかたがなかった。


「なぁ、イメージと違っただろ?」

「チハルさんですか? そうですね、思っていたよりほんわかしていて優しそうな人でした」

「あの人は見たまんま、性格もかなり女だからなぁ」

「いやいや、性格が女って」

「男っぽいとか女っぽいってあるだろ? 可愛いとかも女らしさなのかも知れないけど、したたかなのもそうだとうちはおもうんだよなぁ」

「まぁ、玲さんは当たって砕けるタイプですからね」

「砕けろ、な? 砕けたら意思の話じゃねぇだろ!」

「まぁ……たしかに?」


 やっぱり、チハルさんの思い込みに違いない。今だって玲さんはお姉さんと言うよりは姉貴……いや、兄貴って感じがする。俺の事を好きになる理由なんて全くないだろう。


「家に夕飯はあるのか?」

「まぁ、母親は夕方には帰っているのでありますよ?」

「そっか……折角だから飯でも奢ってやろうかと思ったんだが、飯があるんじゃ仕方ねぇな」

「玲さんは無いんですか?」

「うちは実家が居酒屋だからな。残り物を食うか食べてくるかとか、どっちでもいいんだよ」

「なるほど……そうなんですね」


 家が居酒屋だったのか。肝が据わっていると言うか大人に慣れている感じがするのはそのせいなのかも知れない。


「亮太は電車だろ? この道をまっすぐ行けば駅につくぜ」

「玲さんは?」

「うちは反対側だからこっちに行く」

「分かりました。じゃあまた、ライブの事とか一旦整理して考えてみます」

「おう、じゃあな!」


 別れようと後ろを向いた瞬間、玲さんは思い出したかの様に呟いた。


「あ、そう言えば、チハルさん何か言ってたか?」

「何かって、ライブの話ですが? 特には何も言って無かったですけど?」

「そっか、ならいいんだ」


 普段なら気にもしない様な会話だったのだが、チハルさんの言葉が気になって、玲さんの言葉に引っかかりを感じた。

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