第5話 コピーとオリジナル

「さぁ、一曲めからやっていくのだよ!」


 曲が始まると、実力の差を思い知らされる。何に影響を受けているのかがわからない斬新かつ懐かしい感じもするメロディ。女の子とは思えない音圧のドラムに身体が勝手に動き出しそうなグルーヴのベース。何より独特な世界へ引っ張っていく様なギターは同じパートとして楽器を置きたくなる。


 そんな中、化け物みたいなバックバンドにも関わらずしっかりと存在感のある声は唯一無二だった。


「曲はやっぱりゆっきーが作っているのか?」

「そんな事ないよ。風間は今の所一曲だけ。その他は楓さんが作っているの」

「ベースなのにか?」

「軸はベースで作ってはいるけど楓さん、エレクトーンやギターも弾けるからね」


 音楽の話を始めると、神崎は普段通りに戻っていた。


「藤原くんも、曲作ってたよね?」

「一緒にしていいかはわからないけどな。俺は思いついたメロディに定番のコードを当てているだけだしな」

「それでも充分凄いよ」


 高校生バンドのほとんどはコピーバンドだ。理由は単純にギターを弾いて来た時間の問題だ。大体がバックボーンも無く独学でやっている以上曲を作れるほど慣れるまでに頑張っても二、三年はかかる。


 俺はただ、親の理解があって早く始められたからだ。


「まぁ、エレクトーンをやっていたのなら納得だな」

「楓さんの凄い所はそれだけじゃ無い所なんだよね……」

「ならば、その私からボーカルをもぎ取った事を誇るといいのだよ!」

「楓さん、聞いていたんですか?」

「今日は響ちゃんの元気がないからねぇ。もしかして自暴自棄なのかい?」

「そんなつもりは無いんですけどね」

「藤原君を見てみたまえ、バンドが解散したと言うのにのうのうと女の子バンドを見に来ているのだよ?」

「あ、楓さん? それめっちゃ刺さります……」

「私の事が大好きだから仕方ないのだけどねぇ」


 あれ? 楓さんってもしかして知らない?


「ふ、藤原さん……う、浮気するには早いです」

「浮気? そんなまさか、ある訳ないのだよ」


 だが、一瞬彼女の表情が曇った様な気がした。神崎があれだけ大々的に言っていたのにまさか気づいていないのか?


「あれっ? 変な空気になっているけど、どうしたんだい?」

「……楓さん、私達付き合いました」

「またまた響ちゃん、付き合うって彼氏彼女の関係になると言う事なのだ……よ?」

「楓、打ち上げの時響が告白してただろ?」

「本当に……?」


 全く予想していなかったのか、明らかに彼女は動揺している。つまり神崎が言っていたのは本当だったって事なのか?


 楓さんと目が合うと、俺はゆっくり頷いた。


「ふむ……それはおめでとうなのだよ」


 彼女はまるでスイッチが切り替わったかの様に笑顔を見せるといつも通りの雰囲気に戻る。けれども俺には一瞬見せた表情が焼き付いてしまっていた。


 練習が終わると予定通り学校をでてから神崎と二人になる。

 そう言えば、今までで恋人らしい事をしているのは初めてだ。かと言って、これまで普通に過ごしてきた二人が急に仲良くなるのかと言えばそうじゃない。


「私達の練習、どうだった?」

「知ってはいたけど、すごいよな」

「私もそれはそう思う。なんだかんだ言って天才なんだよね……あの人達」

「他も凄いけど、神崎はその中の一人だって事を自覚するべきだと俺は思うけどな」

「私は運が良かっただけだよ」

「ま、そうかも知れないけど、俺が知る神崎響のイメージと、今のお前はかけ離れているな」

「どういう事?」

「俺が見えている世界なんてそんなもんなんじゃないかって事だよ。玲さんにも女の子らしい一面はあるし、風間は意外と人懐っこくて明るい奴だった。楓さんはまだ良くはわからないけど……神崎も意外と自信が無かったりするんだな」

「私ってそんなに自信家に見えてる?」

「そりゃあ、部活やライブでの神崎は私が世界の中心ですって感じだぞ? 自覚無かったのかよ……」

「それは……」


 言葉に詰まった神崎は足を止める。きっと彼女にもバンドをやっていくにあたり思い詰めていた事が沢山あったのだろう。入部した時からの変化は紛れもなく彼女の努力なのだと俺は思っていた。


「まぁ、神崎は頑張っていると思うよ?」

「まだまだ全然足りないよ」

「足りないと思っている所が、お前のいい所なんじゃない?」

「……」

「ただ一つ気になる所はあるんだよなぁ」

「気になる所……何それ?」

「神崎が俺に告白して来た理由かな? だって軽音部では話す方ではあったけど、正直引くて数多じゃん?」

「そんなにモテてはない……事はないけど」

「だろ? それを別にルックスも人気も無い様な俺に告白とか変だと思うんだよな」


 楓さんへの当てつけだったりするのなら、別れてもいいと思った。付き合ってくれるだけラッキーだとは思っているから、俺への気持ちがどうとかは言うつもりはない。ただ、俺はそんな神崎響は見たくなかっただけだ。


「それは……藤原くんが、きっかけをくれたから」

「きっかけ? そんな事したかな?」

「入部したての時に、変な声だって言われてたでしょ?」

「ああ、あれは選曲もあるけど他の奴らの嫉妬だろ」

「嫉妬? 私は真剣に悩んでたのに。藤原くんだけは、ルックスもいいしその声は絶対武器になるって言ってくれて」

「すまん……凄い声だとは思ったけど、全く覚えてない」

「もう。結構あの言葉に助けられたんだけどなぁ……」


 入部の頃に思いつくがまま言っていた事が、そんなに彼女の力になっているとは思ってもいなかった。けれども、神崎が言ってくれた理由は俺の気持ちの整理がつくには充分な内容だ。


「あのさ、今更で悪いんだけど俺はちゃんと神崎と付き合ってみたいと思っているのだけどどうかな?」

「本当に今更なんですけど? でもどうして?」

「なんていうか、気持ちの整理がついたっていうか……」

「わかった。いいよ?」

「いいのか?」

「良くも悪くも藤原くんは素直だからね。本当に、迷っているのバレバレだったんですけど?」

「マジで?」

「うん。でも整理がついたって言うって事は、私と向き合ってくれる気になったって事でしょ?」

「ああ。まぁ、ちゃんとできるかはわからないけど……」

「そう言う所なんだけどねぇ。でも、これからよろしくね」


 ニッコリと笑う神崎の笑顔は、今までに見た事が無いくらいに可愛い笑顔だった。

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