第33話 抜け駆け

 そう告げた瞬間、俺は言葉を失った。まさかここで言うとは思わなかったと言う事以上に、玲さんが一瞬動揺したのに気づいてしまったからだ。


「そ、そんな事は無い……」

「玲さん? 嘘、ですよね?」

「チハルの策略だ。そんな事はないから響は安心するのだよ」

「楓さんがそれを言っても説得力はないです」

「そうね、楓もそのうちの一人だものね?」

「チハルは黙っているのだよ」


 神崎は明らかに動揺している。楓さんは冷静に振る舞っては居るもののチハルさんにペースを持って行かれている事が不服そうだ。


「か、風間も藤原さんがす、好きです!」

「ゆっきー、頼むからややこしくしないでくれ!」

「あら、君の問題なのに酷いわね……ずっと曖昧にして来た報いだと気づいていないの?」

「それは……」


 確かに全ては俺のせいだ。初めから俺が誰かをえらんでいたならこんな事にはならなかった。チハルさん自体はただのきっかけにすぎず、遅かれ早かれこうなる事は予想出来ていたはずなのに向き合おうとはしなかった。


 それまで我慢していたのか、玲さんは彼女の前に立つと深く頭を下げた。


「チハルさん。いやチハル……頼むからもう止めてくれ。なんでこんな事するんだよ」

「そうね……昔楓は『求める事を止めたらバンドは終わる』そう、言っていたわよね?」

「それは音楽の話だろ!?」

「そうね。だけど楓は【恋愛感情】を使ってボーカルの子に求めさせようとした……それも、自分は安全な所からあたかもバンドを成長させる様なフリをして」

「……」

「図星みたいね?」

「だからってこんな……うちらは関係ないだろ?」

「いえ、玲もそれを黙認していたのではなくて? 自分に少しずつ生まれてくる感情を隠すために」


 色々と繋がっていく。そうだ、彼女は理不尽な理由で楓さんに切られた事を根に持って復讐しているのだ。ここは俺がなんとか言わないと……。


「彼女らはそんなやわじゃないですよ」


 今俺が言える精一杯の言葉だ。これまで彼女達を見て来た事もあり、彼女達がどれだけ本気で音楽をして来たのかは俺が一番よく知っている。


「まだ自覚していないのかしら? 貴方が優柔不断だった事で才能のある彼女達を潰しているというのに」

「ふ、藤原さんは、そ、そんな事してないです」

「天才の貴方は素直にぶつかっているみたいね。いいわ、私は次のライブで貴方達がどうなるのか見届けてあげる事にするわ……そして、楓に引導を渡してあげる」


 たとえそれなりの結果になったとしても信じている物が奪われたという確執の残ったバンドはそう長くは続かない。それは実質、チハルさんのバンドに勝てなければこのバンドは終わるという事だ。


 チハルさんはその言葉だけを残して去って行ってしまった。


 残された俺たちは、当初予定していた話し合いなど出来るはずも無くギクシャクとした空気だけが流れる。正直誰の顔を見る事すら出来ない気まずさが沈黙という形で残っていた。


 だが、楓さんが一番最初に口を開く。


「玲……なぜチハルを呼んだのだよ?」

「すまない、うちはまさかこうなるとは思っていなかった」

「チハルの性格は知っていたはずなのだよ。玲のせいですべてが終わってしまったのだよ」

「は? 元はと言えば、楓がチハルにあんな事を言ったからだろ? 響の事だってそうだろ!?」

「私は玲には言っていたはずなのだよ。やすやすとアイツに話すからこうなったと理解して欲しいのだよ」


 最悪だ……軸となる二人が揉めてしまったら、本当にこのバンドは終わってしまう。


「玲が藤原くんに色目を使っていたとは思わなかったのだよ」

「使ってねーし。うちだって、その事は墓場まで持って行くつもりだったんだ」

「それはどうなんだかね……」


 それまで黙っていたのか、言葉が出なかったのかはわからないが神崎が口を挟む。


「もう、止めませんか? 今更どうこう言っても仕方ないですし、今までみたいには行かないかも知れないですけど私はこのまま負けたくはないです」

「響は納得するのかい?」

「納得なんてする訳ないじゃないですか。だけど、これまでも私は必死に足掻いて来たんです。今更どうこう言われてもこれくらいで投げだすのなら今までのはなんだったんですか? 本当に楓さんは安全な場所からどうこうしたかっただけなんですか?」

「ふぅ……響の言う通りだな。うちもただ黙認していただけにされるのは我慢ならねぇよ。バレた以上、さらけ出してやるしかねぇよな!」


 玲さんは勢いよくそう言ったものの、いつもの様に賛同される事はなくただただ気まずい雰囲気のまま楓さんは部屋を出て行ってしまった。


「くそっ、どうすりゃいいんだよ」

「私は賛成です。はっきり言って受け止められてはいないですけど、できる限りで歌う事しか出来ないですから」

「響……」

「で、でも、楓さんがいなかったら結局か、風間達だけでは出来ないですよね?」

「ああ……アイツの代わりは居ないからな」

「そ、そしたら、風間は待ちます。か、楓さんはまた、気持ちに整理をつけて帰ってくると思いますので」


 俺が悪かったんだ。大した事も出来ないくせに、彼女達に甘えて流されるまま過ごして来てしまった。結果、本当に大事な彼女達をここまでバラバラにしてしまう事になった。


「みんなごめん……俺がもっとはっきりしていれば」

「いや、結果は同じだったさ。早いか遅いか、ただそれだけだ……」


 それ以上何も言わない彼女達の前で、立っている事が出来なくなり、俺はゆっくりと教室を後にした。


 結果は同じ、そうなのかも知れない。俺があの時関わらなかったとしても緩やかに崩壊に進んでいたのだろう。もし、神崎と一途に付き合っていたとしても、それはそれで楓さんがなにかしらのアクションを起こして来たのかも知れない。


 下駄箱の前に着くと、靴を履き変える。マネージャーを始めてからは一人でここを通る事は無かったのだと気づく。


 なんでこうなったんだろうな……


「藤原くん……」


 その瞬間、神崎の声がした。


「神崎、お前も出て来たのか」

「うん……居るわけにはいかないから」

「いや、神崎が一番悪くないだろ?」

「違う。最初に抜け駆けしようとしたのは私だから」

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