第34話 バンドへの思い
抜け駆けと言われたらそうかも知れない。ただ俺は好きな人に告白する事を抜け駆けとは思えなかった。
「いや、やっぱり神崎は悪くないと思う。リスクはあるものだし、結果的には付き合ってはいない。俺が言えた事ではないのだけど……」
「そう言われると複雑なんだけどね」
「俺はあの頃楓さんに憧れていた訳だし」
「うん……」
自分が同じ立場なら告白は出来なかっただろう。彼女くらいのルックスや実力があったとしても、好きな人が居ると知った上で告白する勇気なんてない。
「やっぱりまだ、楓さんが好き?」
「この状況で言うのも変なのかも知れないけど、正直今はわからないんだよ……楓さんも、風間も、玲さんも嫌いにはなれないっていうか、みんなで音楽していた感じが好きなんだよ」
「恋愛とかって訳じゃないんだ?」
「神崎には申し訳ないのだけど、誰かと付き合うのが今は想像出来ない……」
カッコつけているのは分かっている。本当なら今すぐにでも誰かと付き合いたいし、彼女のバンドとして応援できたらどれだけ楽だろうかと思う。
だけど、彼女達の想いやどれだけ本気で取り組んで頑張っているのかを知った今は気安くそんな事は言えない。
「そっか……」
「神崎が色んな人を幸せに出来る歌を歌えると思っているから……まぁ、メンバー全員そうだけど」
「うん。そこは私だけで止めておいて欲しかったかな?」
「悪い……」
「私は、そう言う所も好きだよ?」
「神崎……」
「でも、そうは言ってられないよね。今は玲さんが言う様に本気でやってみるしかないかな」
俺は酷い奴だ。結局はぐらかす様な事を言って、誤魔化している。神崎は最初からちゃんと気持ちを伝えていてくれたのに。そんな中で彼女はまた立ち上がっていると言うのに。
だが次の日、勇気をだして練習を見に行くとバンドはもっと深刻な状況だった。
「まさか雪まで来ないとはな……」
「仕方ないですよ。あの子は元々、こういうの苦手なタイプでしたし……」
「まぁ、そうなんだけど。悪いけど、亮太……雪を探して来てくれないか?」
「俺がですか? 俺が話して来るとは思えないんですけど」
「だけど、お前しかいないだろ?」
「……分かりました」
玲さんは出来るだけ切り替えようとしているのが分かった。なるべくいつも通りに、それだけに俺は胸が痛む。
「とりあえず、まだ帰っていないか確かめてきます」
俺は教室を出ると、下駄箱の方へと向かう。靴が有ればまだ彼女は校舎にいる。生憎同級生という事もあり、下駄箱の位置は大体分かっていた。
下駄箱に着き、彼女の名前を探す。
「風間……風間……靴はあるのか」
まだ、中に居る。だとしたらどこに? 教室に居るとは思えないし部活にも来ていない。俺は思いつく限りの場所を当たってみる事にした。
しかし、いくら探しても見当すら付かない。上履きのまま帰っているとかではないよな?
俺はダメ元で電話をかけてみると、彼女はあっさりと電話にでた。
「ふ、藤原さん?」
「ゆっきー、どこにいるんだよ?」
「が、学校……ですけど?」
「練習には来ないのか?」
「……」
一瞬の沈黙。だが、風の吹いている音が聞こえる。
「か、風間は行けないです」
「なんでだよ」
理由なんて聞かなくても分かっている。俺は、通話口から聞こえる音を頼りに校舎を探した。
「か、風間はバンドを始めるまで、ほ、ほとんど人とは話したりはした事が無かったんです」
「それはなんとなく聞いた事があるけど」
「こ、こんな風間でも、必要だと言ってくれて人前に出れる様にしてくれたのがか、楓さんだったんです」
見た目を気にしない風間を美少女に変えた。部活内でもかなり話題になった話だった。
「だ、だけど……か、風間はこんな時に何も出来ない」
そう聞こえた瞬間、非常階段でギターを抱えている風間をみつける。
「出来なくはないだろ……」
「ふ、藤原さん?」
俺は電話を切り、彼女に近づく。
「で、出来ないです。だ、だけど、風間にはギターしかないので……」
「だから一人で練習してたのかよ」
「また、話し合いになってもか、風間はただ見ている事しかできないですから」
「……そう言われるとそうかもな。ごめんなゆっきー、俺のせいでこんな事になってしまって」
「い、いえ。ふ、藤原さんは悪くないです。だけど……」
「だけど?」
「あの新曲を聞いた時に、か、風間は必要ないのかと感じました。れ、玲さんと響さんとあんなにも楽しそうに曲を作っていたので」
「いや、あれはむしろゆっきーと楓さんに対抗するためにやった事なんだけど……」
確かに、実力差があるとはいえギターを俺が弾いたのはまずかったのか? いやいや、風間も自分との実力差がわからない様なレベルでは無いだろう。
「か、風間はこの場所を無くしたく無いです」
「いや、ゆっきーは唯一無二だぞ?」
「それは、ギタリストとしてですよね?」
「当たり前だろ? あの、チハルさんにだって天才と言わせたんだからな。あの人は元々【インシグ】のギタリストだぞ?」
「だけど、か、風間は藤原さんの特別になりたいです」
俺の特別?
「あの規格外の演奏には充分、影響受けているけどな」
「だ、だけど……か、楓さんに対しての、と、特別とは違いますよね?」
「それは……」
出会ったのが先か後かの違いなのだと思いたい。けれども彼女が言う様に楓さんに対して憧れの気持ちが有るのは事実だから、俺は言葉に詰まってしまった。
「ふ、藤原さんは楓さんが好きなんですよ」
「それで言うとゆっきーも好きだけど」
「で、でも。その好きにはお、大きな壁があります」
本当の俺は、やっぱり楓さんなのだろうか? いやいや、あの人が一番ヤバいだろう。けれども、あのヤバさを知っていても悩んでしまっているのは大きい事なのかも知れない。
「そうなのかもな。だけど俺は、それ以上に【インシグ】の音楽が好きなだけかもしれないな」
「か、風間も【インシグ】が好きです」
「今更だけど、玲さんと神崎は二人でも練習している。出来ればゆっきーもそこに入ってはくれないだろうか?」
「れ、練習だけですか?」
「ああ。玲さんのメンタルの強さはゆっきーも知っているだろ?」
「……あ、あの人は、本当は繊細なんですけどね」
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