第35話 青春バンド女子とは付き合うな!

 風間と音楽室に向かう。すると、教室の前に人影が見えた様な気がした。


「い、今のって楓さんですよね?」

「いや……誰かまでは分からなかったけど」

「絶対、楓、さ、ん……だと思うんです」

「なんでちょっと死にそうなのっ!」


 でも、様子を見に来ている……と言うのはあり得る話か。だとしたら俺は一度、彼女と話さなくてはいけないだろうな。


「ゆっきーは練習しててもらっていいか?」

「は、はい。か、楓さんと話すんですよね?」

「ああ、きっと合流させる」

「わ、分かりました」


 風間が教室に入るのを見届けると、俺はゆっくりと人影が見えた方に向かう。合流させるとは言ったものの、それが出来る保証は無かった。


「楓さん……居るんですよね?」

「気付かれてしまっていたのかい?」

「いや、気付かれる・・・・・為にわざと来た瞬間に隠れたんじゃないですか?」

「そう思うならそれでも構わないのだよ」

「合流したいならそのまますればいいのに、なんで距離を取ろうとしているんです?」

「それは少し違うのだよ」


 彼女はそう言うと階段を上がり、踊り場の窓から外を見つめた。


「私は君と話すタイミングを見ていたのだよ」

「俺と? また何か企んでいるんですか?」

「それはチハルに潰されてしまったからね。まったく、アイツはいつも私の邪魔をする……」

「ならどうして?」

「藤原くんは、あの子達の事をどう思っているのだい?」

「それは……才能ある……」

「私はそんな事は聞いていないなだよ。ならば言い方を変えよう、私以外を選ぶつもりはあるのかい?」


 楓さん以外……選ばないと言えば嘘になる。けれども、俺の中での彼女への憧れの気持ちが大きいのは事実だ。


「それは……なんとも言えないです」

「君は変わったのだね」

「俺がですか?」

「私と最初に会った頃に聞いていたなら迷う事なく私を選んでいただろう?」

「そんな事は……ありますけど」

「残念だよ。私は玲には幸せになって欲しかったのだが、まさか君に向かってしまうとはね」


 俺は少しその言葉に引っ掛かりを覚えた。


「神崎には、嫉妬が必要みたいに言っていたのに玲さんの事は気遣うんですね」

「そうだね。玲には充分負荷がかかっているのだよ」

「俺は神崎にもかかっていると思いますけど」

「それは君が響しか見ようとしていないからなのだよ」


 神崎しか……まぁ、そうなるのか?

 言われてみれば、均等に仲がいいという事はない。玲さんに負荷が無いとは思ってはいないが、それでもやはり神崎に対しての当たりはあると思う。


「藤原くんは、今のバンドの状況をどう考えている?」

「正直俺にはどうも出来そうもないです。ただ、原因が俺なのがショックですけど……」

「そうだね。私と君が付き合えば解決する……そんな話ではもうなくなってしまっているのだよ」

「なら楓さんはどう考えているんですか? 実際あの三人は前を向き始めています、今は楓さんが必要な時だとおもうんですけど?」


 そう言うと彼女は少し遠い目をして呟いた。


「私も色々と考えてみたのだよ。君を誰かとくっつけてみる事だったり、何事も無かったかの様に振る舞う事だったり」

「ならどうして、」

「どう考えてみても、理想のバンドにはならなかった。君が居る限りはね?」


 今、唯一居なくなっても活動ができるのは俺だけだ。そもそもこのバンドには居なかったわけだし、彼女達の様に特別な才能がある訳じゃない。だからこそ俺は……


「バンドを離れた方がいい。それが楓さんの考えなんですね」

「私は別に君がバンドに必要無かったとは思ってはいないのだよ。だけど今は、君の迷いが悪影響を与える結果となってしまった」


 彼女の言う通り、今の俺は場を乱す元凶でしか無い。


「楓さんの考えは分かったよ」

「振り回してしまって申し訳ないとは思っているのだよ。彼女達に伝えるのが辛いなら、私の一存でと言う事にしてもいい」

「いや……少し考えさせて欲しい」

「わかった。そんな君も私は好きなのだよ」


 その日、俺は教室に戻るのをやめた。理由は楓さんが行くと言ってくれたからと言う事もあるのだが、自分自身が原因でこうなってしまっている中、戻る事は出来なかった。


 とはいえ、今のままでは変な心配をさせてしまうかも知れない。俺はグループチャットに明日時間を取ってもらう様に告げると、家に帰ってからそれまで用意していた物をまとめて引き継ぐ準備をした。


 短い間ではあったが、色々な経験をする事はできた。正直な所、悔いがないかといわれたら、せめて一度位はライブを一緒にやってみたかった。でも、仕方ない……。


 俺はまた、彼女達の一ファンに戻るだけだ。



 次の日、俺は荷物を音楽室に持っていく。メンバーは揃っていて複雑な表情を浮かべている。今更何を言ったらいいのか良くはわからないが、ケジメをつける為にきた。


「ちゃんと最後まで出来なくてすまない。これからも俺は応援しているから……」

「そんな決断をさせて申し訳ない。私の甘さが原因だ」

「いや、玲さんは悪くないですよ」

「か、風間も何も出来なかったです」

「ゆっきーはまた、昼休みに飯でも食おう」

「私が巻き込まなければ……」

「神崎も、きっといいアーティストになれるさ」


 楓さんは、最後まで何も言わなかった。ここまでみんなが状況を理解していると言う事は、昨日しっかり説明をしてくれているのだろう。


「本当に、ありがとうございました」


 きっとそれぞれ思うところはあるのだと思う。最善の選択とは言い難いのかも知れない。けれども、俺が抜ける事で一度フラットに音楽を目指せる様に楓さんは決断したのだ。


 これできっと元の状態とまではいかなくても、チハルさんのバンドと対バンして迷う事なくぶつかる事が出来る。


 それでいいんだ……。


 元々、自分のバンドすら上手く出来なかった俺なんて彼女達のバンドストーリーには必要無かった。彼女達は勝手に成長して勝手に売れて、俺の知らない所で日本の音楽史に刻まれるような有名なアーティストになる。その一端に携われただけでも俺の高校生活としては充分なはずなんだ。


 そう、そのうち笑って話せる楽しかった思い出になる。それが嫌なら俺は一言だけ言っておく。


『青春バンド女子とは付き合うな』と……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る