第18話 エフェクト

 悠さんは自信満々にそう言った。彼の実力は俺は分かっているつもりだった。年季の入った技術はプロレベルと言っても過言ではないし、機材からメンテナンスまでと言った多彩な引き出しはギタリストとして本当に尊敬している。


 だが、彼が唯一勝てる?


「もちろん俺は楽器屋だ。メンテナンスとか楽器の知識で負けるわけにはいかない。だが、それは楽器屋としてだ」

「つまり、ギタリストとしては……」

「悔しい所だが、その子にセンスや技術は胸を張って勝てるとは言えないな……だが、機材なら違う。見たところ歪みは使うのだろうが、ギターやアンプに依存しているだろ?」

「確かに、ゆっきーが多彩なエフェクターを使っているのは見た事がないですね……」

「かと言って、エフェクターを揃えるには金がかかる。だから俺はその子にピッタリのエフェクターを教えるだけだ」


 俺はすかさず風間と目を合わすと、彼女もそれを見て頷き返した。


「おいおい、そんな商売し始めたみたいな顔をするなよ。これでも最低限で提案するつもりなんだぜ?」

「でも……お高いんでしょう?」

「それは否定出来ないな……だが廉価版もあるし、中古だってある。知識として入れておくにはいいんじゃないか?」

「そうですよね。イメージ出来るのと出来ないのとでは全然ちがいますよね! ゆっきー、試してみる?」

「は、はい……」


 そう言って悠さんは一つのエフェクターを取り出す。


「これはLINE6ってメーカーがだしているHX STOMPというエフェクターというよりはシミュレーターだ」

「シミュレーター?」

「そう、さっきのプレイをみているとその子はかなり繊細な感覚を持っている。ギターを変えただけでそれに合わせてフレーズも微妙に変えていたからな」


 音に合わせて弾き方で合わせに行くのは風間の弾き方の特徴だ。だからギター次第で彼女の音はいくらでも変わる。


「それで、なんでシミュレーターなんですか?」

「楽器に合わせて弾き方を変えられるって事はそれだけ引き出しの幅があるって事だ。つまり……藤原くん、ギターの音は何で決まる?」

「ギター本体と、アンプですかね?」

「そう、本体はライブでバンバン変えるわけには行かないが、アンプならこれで変えられる!」


 そうか、アンプを変えられる事で風間の選択の幅を広げるって事か!


「気付いたかな? しかもこれは80種類変えられるし、スイッチである程度なら切り替えも可能だ!」

「凄い!」

「まぁ、使って見てくれ」


 そう言ってアンプに繋ぐと、アンプの音をクリーンに変えた。


「これがマーシャル。かなり精度がたかいだろ? これがローランドのJC……女子中学生の事じゃないからな!」

「さ、触って見てもいいですか!?」

「好きに触ってみてくれ」


 風間はまるでおもちゃを与えられた子供の様に夢中になって切り替えてはフレーズを弾く。悠さんがいう様にすぐに特徴を掴み最適な弾き方をしているのがわかる。


「それで悠さん……これいくらなんです?」

「うっ……9万円……」

「いやいや、高いですって! ゆっきーのギターグレコですよ? ギターより高いじゃ無いですか!」

「だけど彼女にはあれが一番なんだよ……まぁ、他にもシミュレーターはあるからそっちで妥協してもらって……」


 こっそりと二人で話していると、完全に欲しくなっているゆっきーがニッコニコで話しかけてきた!


「こ、これ欲しいです! いくらですか?」

「……9万円」

「ぐはっ……ひ、一晩9万で風間を買って下さい」

「いやいやゆっきーパパ活するな!」

「よし、買った!」

「悠さんも買うな!」


 だが、現実問題難しい所だ。確かに最適なエフェクターではあるのだが、今からバイトするというのも無理だろう。


「ゆっきーはいくらくらいなら出せそうだ?」

「ちょ、貯金をはたいても5万位までです……」

「それくらいでも廉価版のものもあるから──」

「いや、残りは俺が出しますよ?」

「藤原くんまさか……4万で抱こうとしてる?」

「よ、40回抱かれたらいいですか?」

「えーっ、俺の時は一回9万だったのに!?」

「二人とも黙って下さい! 俺このバンドのマネージャーなんです。つまりは先行投資って奴です。元々ギター買うつもりで貯めていた金があるので」

「なるほど……」

「ゆっきーには、身体で払ってもらう!」

「はいっ!」

「いや、その子絶対勘違いしているよ!?」


 俺たちはすぐに金を下ろしてエフェクターを買った。実際買うとは思って無かったらしく、悠さんは友人価格という事で値引きしてくれてお釣りは風間に渡した。


 正直なところ、楽器屋に行く時点で何か買うことになったら出そうと考えていた。これからプラスが出れば返して貰えるだろうし、でなければ俺の責任だ。自分にプレッシャーをかけるためにも何か貢献しておきたかった。


「ふんふんふーん」

「いや、いつになく上機嫌になったな」

「ほ、本当にありがとうございますっ!」

「いやいや、ライブとかで稼いだら返してくれよ?」

「か、稼げなければ、い、いつでも求めて下さいね」

「そこは諦めずに稼いでね!!」


 とはいえ、これでイメージ通りに風間の実力が発揮できるのかはわからない。けれども確実に彼女の強みを活かす事が出来る様になるのは間違いないだろう。


「あ、あの……」

「どうしたゆっきー?」

「ふ、藤原さんはい、今彼女はいないんですよね?」

「まぁ、神崎とは保留になったからな」


 とはいえ、楓さんと匂わせる約束はあるけど……


「で、でしたら、か、彼女を作っても問題ないですよね?」

「まぁ、一応はそうなるなぁ」


 風間は、顔を赤くしながらそう言った。いやいや、なんだこの今にも告白しますみたいな空気は! もし、いま風間に告白されたとしたら……


「か、風間は──」

「あ、ちょっと待って!」


 その瞬間、俺のスマートフォンが鳴る。画面を見ると玲さんからの電話だった。


「はい……あ、俺です」

「亮太、【キザ苺】との対バン、すぐに返事をしてくれ!」

「連絡するつもりではありましたけど、いきなりどうしたんですか?」

「【キザ苺】に新しいギターが入ったんだ」

「まぁ、よくある話ですよね?」

「いや、それはそうなんだが。新しく入ったギターがチハルさんなんだよ……」

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