第23話 カラートーン
オリジナルの旗……母親から聞いて直ぐに俺は、ネットで制作出来る所を調べてみた。ライブハウスに掲げて目立つサイズとなると旗だけで四、五万はかかってしまう。予算を稼ぐだけで七十人以上呼ばないといけないとなると、衣装代もかなり厳しくなってくる。
それに衣装代は既に楓さんに渡してしまった後だ。彼女はファッションのインフルエンサーという事も有り、プロデュースすると言った以上、中途半端な物には出来ない。
「いい案だと思ったんだけどなぁ……」
ついそんな言葉が漏れてしまう。それにもう週末だ、ライブまでの日程はあと三週間となっていた。
この日俺は、神崎と待ち合わせをしている。昨日話していた曲作りの件で作ってみようという話になっていた。自前のギターを背負い、待ち合わせ場所へと向かう。お互い気を遣っているのか、指定した場所は公園になった。
「もしかして、待ってた?」
「いや、マジで今来た所だけど」
「良かった。ギター、持って来たんだ?」
「エレキしか持っていないから、音は小さいけどな」
涼しくなって来た事もあり、午前中の公園は少し肌寒く感じていた。これから多少気温が上がる事を思えば、外でするには丁度いい時期なのかも知れない。
「それで、曲は出来たのか?」
「一応、いくつかスマホに録音してみたのだけど」
「とりあえずはそれで充分かな。一度聞いてみてどう作って行くか決める形でいいか?」
「うん……」
鼻歌とはいえさすがはボーカル。歌は上手いのだが、録音されたそれは断片的にメロディが歌われているだけだった。
「これは……曲とは言えないだろう」
「やっぱりダメかな?」
「まぁ、ともかくこの三つ目のはサビとしていいとはおもうからここから膨らますという手もあるけどな」
「その方法で、出来ないかな?」
「どのくらいまともになるかはわからねぇぞ?」
「それでもいいよ。形にしてみたい」
「まぁ、そこまでいうなら……」
俺はサビの頭の音を取り、コードを当てる。風間ならもっと複雑なコードでバッチリはめて行くのだろうが、俺は出来るだけシンプルになる様に組んでみる。
「ここは、展開に合わせてマイナーを挟むのも面白いかも知れないな……」
「えっ……そんなに直ぐに出来るの?」
「コードは流れだからな。まだザックリ基本的なパターンを当てはめただけだよ。ここから細かく色付けして繰り返しで飽きない様な工夫をいれていくんだ」
「そうなんだ?」
ある程度イメージは出来た。サビだけの弾き語りをするならこれで充分だと思う。
「まぁ、こんな感じか。とりあえずサビばできたが、これをベースに他の部分を作る訳だ」
「他の部分?」
「わかっているとは思うが、イントロやABCメロ、間奏なんかはサビのコードの展開でそれっぽく作れるんだよ。まぁ、AとBだけで展開して行く曲もあるけど、そんなのは上級者向けだから今回は基本的な形でいいんじゃないかな?」
「そういう感じなの?」
「思ったより作業的過ぎたか?」
「そういうわけじゃないけど……」
神崎は少し不服そうにそう言った。だが、実際に曲を作ってみると分かるだろう。理想としている様な、みんなが驚く様な曲は確実にと言っていいほど書けない。もちろん作っている最中はこれが世界を動かす名曲になるだろうとさえ考えてはいるのだが、結局はテンプレや定石に従った方が纏まったりするのだ。
「イントロはサビのコードを踏襲する。サビが2回ループして展開するコード進行になるから、展開する所までを音数を少なめにして、ちょっと手癖を入れればイントロになる」
「本当だ。説明だと味気ないけど、結構それっぽくなるんだね?」
「まぁ、そんな感じだな。次はAメロ、これは……サビを2倍にしてちょっと調整する感じかな?」
「いやいや、ふざけてるの?」
「ふざけてねぇよ。大体こういうパターンが多いってだけで、落ち着いた歌い出しにしやすいんだよ」
不安そうな神崎を横目に、適当にメロディを入れる。サビのイメージがあるからその雰囲気に合わせた感じで、あまり盛り上がらない様に纏めていく。
「とまあ、ここまではAメロだ」
「Bメロはなにか違うの? これじゃあずっと同じ感じがするよ?」
「そう! Bメロは違う。この部分はある意味対比だ、こういう流れだよねーって所に変化を付けなければならない」
「うんうん!」
「だから……全ての逆を行き調整する」
「えーっ!」
「たらたらとコードを弾いていたら短く、流れが有ればループさせて、リズムもミュートを意識して乗りやすく! 最終てきに逆をイメージしてるからもう一度切り替えればAメロやサビに入れるという訳だ!」
「うーん。微妙に聞こえるのは藤原くんの説明が問題あるだけな気がして来たのだけど」
まぁ……たしかに?
そうかも知れない。
「ABABサビ……ABサビ間奏。ここでCメロ。スタンダードな展開だけど、ここでグッと落とす事で、最後のサビの説得力が増す──」
そこまで伝えると、俺はゆっくりとその曲をなぞり口ずさんだ。
秋の公園、日差しも優しくどこか切ない雰囲気が漂っている。以前から神崎にはゆっくりと歌いあげる様な曲があってもいいんじゃ無いかって思った事もあった。
多分バンドのカラーとは違うのだろうけど、そうこんなふうに優しく歌う彼女をみてみたかったのかも知れない。すると俺が歌うのに合わせる様に神崎もメロディを口ずさみ始める。
歌詞は無い。だけど伝えたい今の感情がリンクしている様に感じた。
「そこはもっと耐えた方が合うと思う」
「もう、大体のメロディは分かっただろ? 思う様に歌詞を付けて歌ってみてくれ」
神崎は優しく笑みを浮かべ、声のボリュームを一段階上げる。特に意味のない歌詞なのかも知れないが、今まで見た事のない様な、まるでセピア色のフィルターでもかけた様な彼女の歌が響くと、彼女はスマートフォンを握りリピートさせた。
「いや、めちゃくちゃいい曲じゃない?」
「私も今、そう思っていたところ……だから、スマホで録音してみたんだよね」
囁く様な、だけど力強い彼女声はこの心地いい風に流れて消えていく様な、そんな儚さをも表現している。まるで俺のためだけに開かれた様なカラフルなトーンを感じるコンサートは、ゆっくりと幕を閉じていった。
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