第21話 微かな幻想
「なるほど、一晩にしてはかなり纏めてきたんだな」
「一応これでライブへの準備は出来ると思います」
「確かに次のライブも決めておかないと、宣伝する事も出来ない……か」
「それに関しても最終の折り込みまでに出来れば、学校のプリンターやコピー機なんかでも入れられる様にしてます」
休み時間、俺は玲さんに報告を入れた。金庫番をしている彼女に了承をもらい準備を進めるためだ。
「衣装はどうする? と言ってもコレは楓に任せる方がいいだろうな……」
「俺もそう思いました。楓さんはファッション的にも知名度があるし、プロデュースする事にも意味が出てきます」
「まぁ、予算も予定通り残っているし、それで選んでもらう事にするよ。色々とありがとな!」
「いえ……」
正直まだまだ玲さんに頼りっぱなしだ。結果的に動き出せる形にはなって来てはいるが、これが正解なのかは正直全くわからない。現状、チハルさんが作ってきた形を俺なりに解釈しているだけだ。
とはいえ、バンド自体は順調に進んでいる。風間も昨日のエフェクターを研究していたみたいで、若干寝不足気味の様だ。
「ねぇ、玲さんと何話してたの?」
「次のライブの準備の話だよ」
「そう……風間に機材を買ってあげたって聞いたんだけど?」
「別に買ってあげたわけじゃ無い。足りない分を貸してあげただけだ。もちろん、ライブで稼げる様になれば返してもらうつもりだからな」
「ふうん……そう、なんだ」
神崎の不満気な感じが顔に出ている。確かに彼女と付き合うのが保留になってから俺がしているのは、楓さんを知る事と風間のレベルアップだ。負い目を感じている彼女が納得出来ないのは俺でも分かる。
「神崎は最近どうなんだ?」
「別に、普通だよ?」
「ならいいけど……」
「強いて言うなら、よく分からないまま失恋したかもって事くらいかな?」
コイツ遠回しに嫌味を言っているのか? まぁ、言われる様な状況にはなっているのは否定できないが……。
「まぁ、神崎なら【キザ苺】と対バンしても大丈夫だろ」
「藤原くんは、私の事を無敵だと思い過ぎだよ」
桐島兄弟に散々聞かされては来たからな。だが、【キザ苺】の音源を聴いた感じだと確かに上手くはあるが、聞いた事ある聞きやすい声と言うだけで、神崎より凄いとは思えなかった。
だけど、どこか不安になる。
絶対に勝てると思っているはずなのに、自身のセンスに自信がないのだろうか……。だけど俺は、それを口にする訳にはいかない。
「本気の神崎なら大丈夫だ」
そう、自分にもいい聞かせた。すると神崎は意外な事をいい始めた。
「藤原くんって、曲作れたよね?」
「まぁ、そんな大した曲は作れないけどな」
「それって私が鼻歌を歌ったのを起こす事もできるの?」
「そうだな……一言で言うなら出来る。ただそう言うのは風間の方が得意だぞ?」
「雪の力は借りたくない」
「いや、俺はいいのかよ。でも、何でまた曲を作ろうなんて思ったんだ?」
自分の中の曲を形にしたいというのは誰でもあるだろう。特に音楽をやっている奴なら一度は思うはずだ。
「玲さんが、次のライブに向けてコンペをやらないかって。今の曲数だと一曲だけチハルさんの時の曲が入るんだよね」
「なるほどな。だけどコンペって事は、相手が楓さんと風間になるわけだろ? 勝算はあるのかよ?」
「それはわからないけど……藤原くんが協力してくれるならチャンスはあるのかなって」
「それこそ、神崎は俺を過大評価し過ぎだ。はっきり言って俺と風間は少年野球がプロに挑む様なものだぞ?」
「私のセンスなら中学生野球くらいにはなるんじゃない?」
「それは、大してかわってねぇだろ……」
そうは言ったものの、神崎の気持ちは分からなくもない。周りは思ってはいないが、本人は大分足を引っ張っていると感じているみたいだしな。
「わかったよ。中学生野球でも一点位は取れるかもしれないからな!」
「うん。ありがと……」
まぁ実際、神崎がいいメロディを作る事が出来れば、アレンジするのは最強のメンバーだ。本人が歌いやすいと考えたならラッキーパンチもあり得なくはないだろう。きっと風間も今回は引き出しが解放された状態で作って来るとしたら、俺たちだけじゃなく楓さんすらも危うい気もするけどな。
あとは俺自身の仕事だ。印刷までに次のライブを決めておかなくてはならない。それだけじゃない、ライブ以外にも進めておかなければいけない事は色々ある。
正直、使いたくは無かった手だが今の俺には使わざる得ないだろうな……。
バンドの運営に関してで言うと、一人だけ身近に詳しい人物が居る。ある意味そのおかげで俺は、ギターを始めたいと思ってすぐに始める事ができた訳なのだが……非常に頭は下げたくない人物だ。
「少し話がある……」
「なぁに亮太。雪ちゃんならお母さんも大歓迎よ?」
「いや、風間の話じゃない」
「それなら、女の子をベッドまで持って行く方法? それはあんまり関心しないかな?」
「猥談から少し離れてくれないかな?」
「うーん、あと亮太が私に聞いてくる様な話と言えば、バンドの話くらいしかないわよ?」
「いや、それでいいんだよ」
うちの母親は、元バンギャル。それも筋金入りのガチ勢だ。ヴィジュアル系と言うジャンルは違うが、そこそこ有名なメジャーバンドと知り合いだったり打ち上げに参加していた事もあり、バンドの内情の事に関してはかなり詳しい。
「何が聞きたいの? でもお母さんは時代も違うし、V系しか詳しくないわよ?」
「それでも構わない。客を集めるにはどうすればいい?」
「そんな事は、全バンドが悩む事よ? GLAYやラルクですら下積みをしてから上がって来たのだから」
「それはごもっともです……」
「ただ、大した話ではないのだけど、売れたバンドは目先の利益よりファンや観客を楽しませようと凄く考えている感じはしたわね……もちろんバンドのメンバーの為にも考えてはいるのだけど?」
それを聞いて思い浮かんだのは楓さんだった。彼女は間違っていない、だからこそ人気がでた訳で一段も二段も先に進む事ができているのだ。
「楽しませるか……」
「一度ファンの目線に立ってみたらどうかしら? 私はV系のスタイルや考えが好きなのだけど、亮太がやっているジャンルでも求められているものはあるはずよ?」
【インサイトシグナル】に求められている物。クオリティやルックスはもちろんだが、他にも何かあるのかも知れないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます