第2話 仲間はライバル

 聞き間違いだろうか?

 圧倒的な人気を誇る【インサイトシグナル】だが、今のところそれは学校内での話だ。だが、桜庭楓の人気はそうじゃない。彼女は人気SNSのテレグラムで高校生インフルエンサーとしても活躍している人物だ。実際、バンドがこれほどまでに勢いがあるのも彼女の影響が大きい。


「まさか楓さんが? そ、そんな訳……」

「本当だよ? だから私が先に告白したの。玲さんや風間もそれは知ってる事なんだけどね」


 だとしたら俺は、桜庭楓と付き合える可能性があったのか? とはいえ、今更後悔しても遅い。来たばかりなら、返事のつもりじゃなかったとまだ言い訳は出来たのかも知れない。だが、秘密にする事を了承してしまった俺は、事実婚とまではいかなくても事実彼女くらいには有罪なのだ。


「やっぱり楓さんの方が良かった?」


 首に手を回したまま目が合う。断るなら致命傷を避ける最後のチャンスなのだろう。だが、SSクラスの可愛さの破壊力を存分に生かした潤んだ目と距離感に抗う事は出来なかった。


「そんな事ないよ……」

「良かった。このままキスしたいのだけど、付き合って初日だしまだ早いかな?」

「そ、そうだね。ゆっくり段階を踏んだ方がドキドキ感があっていいんじゃないかな?」

「そっか。藤原くんがそうしたいならそうする」


 今更どう足掻いても遅いのは分かっている。だが、今キスまでしてしまったら本当に取り返しが付かない事になりそうで俺は躊躇してしまった。


 すると彼女はゆっくりと離れ、段階を踏むなら今はこれくらいからと言う事なのか、申し訳程度に指を掴む。


「ねぇ、明日から時間がある時は練習見に来てよ。そしたら一緒に居られる時間も出来るし、一緒に帰っても違和感なく過ごせるから」

「バンドメンバー以外には秘密だから、あくまで同じ部としてなら違和感なく過ごせる……と言うわけか?」

「それもあるのだけど、一緒に帰れたら、おうちデートのチャンスもあるかもしれないでしょ?」


 お家デートとはなんて想像力を掻き立てる響き。流れが有れば本当に最後まで行ってしまいそうな展開にドキドキが止まらなくなってしまっていた。


「か、神崎さん……」


 俺が妄想を膨らましかけていると、体育館倉庫の影から女の子の声がする。その事に驚いたのか、神崎は指を離すとそのまま手を後ろにやる。


「風間、待っててって言ったのに……」

「か、風間は待っていたのですが、す、少し遅かったので、お、置いて行かれたのかと……」


 癖のある挙動不審な喋り方の彼女は、ギターの風間雪かざまゆきだ。少し闇は感じるものの見た目は楓さんにも引けを取らない程の美少女。


「風間は心配症だから仕方ないか……」

「あ、藤原さんも、お、お邪魔してすみません」

「こっちこそ待たせてしまって申し訳ない」


 風間はこう見えて天才だ。吃音きつおんなのはIQが高すぎるゆえ口がついて行かないのだと、軽音部では言われている。現に彼女のギターは、俺からすると異次元のレベルに凄いものだ。


「ふ、藤原さんは神崎さんとつ、付き合ったのですよね?」

「ま……まぁ、そうなるのだけど。風間さん的にはやっぱりバンドの事を心配してしまうのかな?」

「い、いえ。か、風間は専用のキノコが羨ましいなとお、思っただけで……」

「ん? 専用のキノコ?」

「ちょっと風間。変な事言うのやめて!?」


 天才の考えている事はよくわからない。だが、明らかに俺の股間に視線を送っていた事でナチュラルに下ネタを言っていると言う事だけは分かった。


「ごめんね。風間は拗らせてるから……」

「いやいや、なんとなくは知ってるから大丈夫」

「そうだよね。とりあえず今日は風間と帰るから、また連絡するね?」

「分かった。じゃあ連絡待ってるよ」

「か、風間も練習付き合いますので、ま、また連絡ください」

「……ギターのだよな? って連絡した事無い気がするのだけど……まぁ、いいか」


 どちらかと言うと神崎に付き合わされている感じはするのだが、風間自身も嫌そうな感じでは無い事に安心した。


 あの二人、性格は全く合わなさそうなのだが実は結構仲がいいのか? メンバーの中で同級生という事もあるのだろうけど……。それにしてもルックスが2番目と言われるだけあって風間雪も可愛いかったな。いやいや、俺の彼女は神崎だから。あの笑顔を独り占めして目移りなんてしていたらきっと世の中の男性諸君から刺されるどころかハンバーグにされてしまうだろう。


 興奮が冷めやまないまま、家に着くとスマートフォンにメッセージが届く。きっと神崎からの連絡だろう、だが開いてみると2件届いていた。


『今日は悪かったな……』


 通知画面に現れた内容は拓也からだった。半分ふざけて言っていたのは俺も分かっていたから気にはしていない。だが、珍しく気にしているのかと思いメッセージを開く。


『今日は悪かったな。神崎ファンの桐島兄弟が居た手前、キツい感じに言っちまったけど、俺は応援してるからな!』


 拓也……なんだかんだ言ってお前……

 すると改行が続いている事に気づく。


『メンバーの誰でもいいから紹介してくれるように伝えてくれ!』

「やっぱり最低じゃねーか!」


 安定の拓也に適当な返事を返すと、少しドキドキしながら次のメッセージを開く。すると予想とは違う人物からだった。


『風間です。今日は神崎さんとの密会を邪魔してすみませんでした』


 いやいや、律儀だけど言い方言い方!!

 えっと『気にしないでくれ、こちらこそごめん』っと。メッセージを返すとすぐに返事が返ってくる。


『風間を二人目にしませんか?』


 は? これも告白なのか? だが、風間にはなぜか詳しく聞きやすい雰囲気が漂っている。


『どういう意味?』

『風間は響ちゃんがされている所を見たいので』

『見たいって、風間はもしかしなくても変態なのか?』

『いえ、変態というのはアブノーマルな性癖を持っいる人の事を言うのであって、鑑賞願望は比較的ノーマルの部類にはいるかと思います。よって風間は素直なだけなのです』


 ここまで論理的に変態を弁解されたのは初めてだった。

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