第47話 誰が誰を?

いろんなことが起きた深水さんの誕生パーティから、ちょうど1週間後、香雅里さんからメッセージが届いた。


<花蓮ちゃん、私を連れて逃げて>


逃げて?



話を聞くために、仕事が終わってから電話をすると、どこか食事に連れて行って欲しいと言われ、大丈夫かな? と思いながらも2人で居酒屋に行った。


テーブルとテーブルとの間が狭くて、ざわざわとした店内に、香雅里さんは初めきょろきょろしていたけれど、注文した飲み物が届く頃には落ち着いていた。


「初めて来る。嬉しい」

「わたしがお誘い出来るのがこんな店しかなくて」

「メニューがいろんなところにはってあって面白い。見たことのないお料理ばかり」


違う意味でそうなんだろうなぁ。



香雅里さんは、胡椒のきいた手羽先を目の前に途方にくれていたけれど、手で持って直接食べるんだと言うと、嬉しそうに手で持って食べ始めた。


「美味しい! これ、身が少ないのが残念だけど、いくらでも食べられちゃうね」

「そうですね」

「この、キャベツがちぎってあるだけのものは何するの?」

「これは、そのまま食べるんです」


香雅里さんはキャベツを食べて「味がついてる!」と驚いていた。



「それで、何があったんですか?」


前に何か話したそうにしていたのにそのままになっていた。

こちらからは聞きにくくて黙っていたけれど、その話なのかな……


「花蓮ちゃん……わたしお見合いさせられる」

「お見合いですか?」

「でも、行きたくない。『会うだけ』とか言うくせに逃げられないの。おかしくない?」

「そうですね」

「私ね、こんなことグチれる友達、花蓮ちゃんの他にいないの」

「そんなこと……」

「別に友達がいないからって落ち込んだりしてないよ。マウント取り合うような人達と一緒にいても楽しくないから」

「そう、ですね」

「花蓮ちゃんだけが一緒にいると楽しい」

「それは、ありがとうございます」

「昔は、周りの目を気にしてて、なんとかみんなと仲良くしようとしてたの。影で私の悪口言ってる子にも気を使ったりして。でも颯真がね、『そんなやつと友達になりたいの? どれでどうしたいの?』って」

「颯真なら言いそう」

「ふっきれたんだよね。深水の名前を利用しようと近づいて来る人間とも、表と裏がある人間とも、仲良くならなくていいんだ、って。颯真は、『自分がそばにいるから』って言ってくれた」


もしかして、香雅里さんって、颯真のことが好き?

柊真さんを好きだと思ったのは勘違い?


「イギリスに留学してる間に颯真は変わっちゃったけど。柊真はずっと変わらないでいてくれた」


柊真さんのことを話すときの香雅里さんの顔は、とても優しいものだった。

やっぱり、香雅里さんが好きなのは柊真さんだ。


「間違ってたら言ってください。香雅里さんは柊真さんのこと……」

「これが噂に聞く恋バナってやつ?」

「まじめに聞いてるんですよ! い、家柄とかやっぱり関係あるから何も言えないでいるんですか? 香雅里さんは気にしなくても周りがうるさいとか……」


香雅里さんは、世界にも名を馳せる大企業深水グループの跡取りで、柊真さんは社長といえども女性の服飾ブランドの社長で、上場会社とも違う……


「家柄? 颯真と柊真は堂元不動産の社長の息子だから別に」

「堂元不動産って、ホテルの開発で有名な?」


それに堂元不動産は池田の大株主。

そして現副社長とかなり近しい間柄という噂がある。


「花蓮ちゃん、知らなかったの? 颯真はalternativeでは副社長だけど、堂元不動産の専務取締役で、柊真はalternativeの社長だけど、堂元不動産の方では常務取締役よ」

「だったら、何に遠慮してるんですか?」

「何だろうね……片思いが長すぎるからかな」



片思いじゃないのに!

そう言いたかったけれど、本人から直接聞いたわけじゃないから100%言いきれるわけじゃない。

何か事情があるみたいに思えて、わたしなんかが口を挟んでいいのかもわからない。

それに、香雅里さんと柊真さんが上手くいったら、颯真は失恋が確定してしまう……



「香雅里さんは今の状況を、はっきりさせたいんですか? そうじゃないんですか?」

「……このままは嫌」

「結果がどうなっても?」

「どうなっても。このまま何も変わらないでいるよりはいい」


香雅里さんは、そう言った後、モツ煮込みを口に入れて、困惑した顔をした。


わたしはそれを見て、笑いながら「1週間後、他人のいないところで4人で話がしたい」と頼んだ。

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