第34話 嘘じゃない

店の前で、当たり前のようにわたしに向かって颯真が「送る」と言った。


その言葉を香雅里さんの前で、どういう気持ちで言ってるんだろう?


「服、似合ってる」

「ありがとうございます。こういうの初めてだったから緊張したけど、着てみたら朝家を出るのが楽しくなりました」


今日は颯真がプレゼントしてくれた中で、黒のシアー素材の7部丈になっているトップスにブラウンの太めプリーツのスカートを合わせて、靴も思い切って5cmヒールのものを選んでいた。



車の中で、真っ直ぐに前を見て運転している颯真に聞いた。


「いつから?」

「何が?」

「こんなこと、いつからやってるんですか?」

「敬語辞めろって言ったろ」

「……いつからやってるの?」

「何を?」

「共犯者なんだから、教えて」


颯真はわたしの言っている意味を即座に理解して、「ふっ」と小さく笑った。


「……気がついたのはお前が初めてかも」

「柊真さんは香雅里さんのことをどう思ってるんですか?」

「わからない」

「双子なのに?」

「あいつは、表面的にはいつも笑ってるけど感情が表に出ない。だから、わからない」

「自分が幸せにしてあげようとは思わないの?」

「香雅里がそれを望んでないのに?」

「わたしだって、颯真とのこの状況を望んでないのに」

「……悪い」

「素直なのも怖い」

「何だよ、それ」


めずらしく、柔らかな顔で颯真が笑った。

もしかしたら、颯真の本当の姿は、こっちなのかもしれない。


「オレにつき合わせる代わりに、誰もが振り向くようないい女にしてやる」

「それはどうも」

「お前をフった、あのバカな男を見返してやれ」

「覚えてたんだ」

「記憶力はいい方なんだ」


2年付き合った彼にフラれた日、颯真は初対面にも関わらずわたしにひどいことを言った。


「……腹が立った。自分に手を抜いて、努力しようともしない。似合もしない靴を履いて、男を追いかけるバカな女だと思って」

「相変わらず、失礼だね」

「今のうちにせいぜいオレのこと利用すればいい。オレは……柊真に近づきすぎる女がいたら、お前を捨てて、またそっちに乗り換えるんだから」



その言葉に嘘はないことを、今のわたしは知っている。

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