第35話 魔法の言葉
休みの日の朝、颯真から連絡があって会うことになったのだけれど……
連れて行かれたのは、またもや入ったこともないようなお店だった。
「ねぇ、どうしてわたしまで?」
「仕方ないだろ。オレと花蓮は付き合ってるんだから」
深水グループの会長さん、つまり香雅里さんの祖母にあたる人の誕生日パーティに、行くことになってしまい、ドレスを見に来ていた。
とてもわたしなんかでは手が出ないようなお店……
「わたし、レンタルでいいんだけど」
「オレに恥かかせるつもり?」
「でも……」
「あのさ、プレゼントするって言ってるんだから、素直に喜べ」
でもね、これまでだっていっぱいプレゼンントしてもらって、今度はわたしの1ヶ月分の給料より高いドレスをプレゼントって言われても……
「お前、変わってるよな。何も欲しがらない」
「わたしから見たら颯真の方が変だよ。好きでもない女にこんな高いもの……」
「それ似合ってる。それにしろ。靴は……これだな」
颯真が持ってきた靴は、ヒールが7cmはありそうな靴だった。
「何? その顔? これでも女性物のブランド展開してる会社の副社長なんだけど。センス疑ってるわけ?」
7cmヒール……
颯真は、わたしより少し背が高いくらいだから、わたしがこの靴を履いたら背を追い越してしまう。
「何びびってんの?」
「えっと……もう少しヒールの低い靴の方が……」
「そのドレスにはこれくらいのヒールがあった方が似合うだろ?」
「でも……」
「背筋伸ばせ。もし、身長のこと気にしてるんだったら、『自分より背が高い女は』なんてくだらないこと言うようなクズと一緒にするな」
ヒールの高い靴を履いて、颯真の前に立ったわたしに、彼は微笑んだ。
「ほら、やっぱり似合ってる」
颯真は、わたしのコンプレックスを簡単に取り去ってくれる。
幼稚園から背が高かったわたしは、男子に「デカい」と言われ続けてきた。
高校に入るくらいには、自分より背の高い男子の方が多くなったけれど、そんな男子も「彼女にするなら、小さくてかわいい子だよなぁ」と、言っているのをよく耳にした。
それで、ヒールのある靴をさけるようになった。
靴を買う時はまずヒールの高さを見る。
それで、ヒールは高くても3cmまでと、自分の中で決めた。
靴に合わせると、自然と女の子っぽい服装は合わなくなるから、どちらかと言うとボーイッシュないでたちになる。
そうなると今度はヘアスタイルもそれに合わせたものになる。
そうやって、今まで過ごして来た。
でも、颯真は、そんなわたしに魔法の言葉をくれる。
ついこの間まで、柊真さんに惹かれかけていたのに、今は颯真とか、自分で自分にあきれてしまう。
「自分がいいと思うものを選べよ。自分より背が高い女はどうとか言うような男は、お前の方から捨てるんだよ」
それはそのまま香雅里さんの生き方だ。
前に、香雅里さんのことをわざと聞こえるように悪く言う女性がいた。
その人は柊真さんのことが好きみたいだったけど、全然相手にされていないからって、香雅里さんを目の敵にしていた。
「深水香雅里なんて、深水グループの跡取りじゃなかったら、御堂さんが相手にするわけがない」
それを聞いた香雅里さんは、笑っていた。
「わたしが深水グループの娘だからって理由で近づく男なんて、こっちから願い下げ」
それを聞いた女性は眉を顰めながらもその場を立ち去った。
それで、わたしは、ずっと自分がそうだったことを、香雅里さんならどうこたえるんだろう? と思って、聞いてしまった。
「もし、好きな人が自分を利用するために近づいてたとわかったら、どうしますか?」
すごく失礼な質問だったのに、香雅里さんは、「どうしてそんなこと聞くの?」って言う顔をしながらも答えてくれた。
「そんな男は最初から好きにならない」
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