第24話 恋人

ずっと黙っていたOFFが初めて口を開いた。


「柊真、香雅里を送って行け。オレはこっちを送って行くから」

「わかった。じゃあね、小鳥遊さん」

「花蓮ちゃんバイバイ」

「はい、また」


2人が見えなくなるまで見送ってから言った。


「わたしは電車で帰るので、送っていただかなくても大丈夫です」

「オレが送っていく、って言ってるんだから、黙って車に乗ればいいんだよ。早く来い」

「……はい」



圧に負けて、車に乗ってしまった。

住所を聞かれ、答えると、OFFはそれをナビにセットした。


長くて綺麗な指。

黙ってたら柊真さんと同じ顔なのに。

じっと見ているのに気づかれたのか、「何?」と、迷惑そううな声で聞かれた。


「あー、いえ何もないです」


OFFはそんなわたしを睨んだけれど、何も言わなかった。


英語のバラードのような音楽が流れる中、無言が続く。

話すこともないから、まぁいいかと思って、外の流れる景色を眺めていた。

その沈黙を破ったのはOFFの方だった。


「お前、柊真のことどう思ってる?」

「柊真さんですか? そうですね……優しくて、親切で、気配りもできて――」

「もういい」


自分が聞いてきたくせに。


OFFの方に顔を向けると、ステアリングに寄りかかってこっちをじっと見ていた。


運転中! と思ったら、いつの間にか車は停められていて、フロントガラスの向こう側には海が広がっていた。


「オレにしとけよ」


思わず叫ぶとこだった。


「酔ってます?」

「運転してるのに、酒飲んでるわけないだろ」


そうでした。


「からかってますよね?」

「本気だけど」


新手の嫌がらせ?


「柊真はやめとけ」


それを柊真さんと同じ顔で言うんだ……

やっぱり、見分けがつかないくらい似ている。

その顔が近づいてきたから……


間近で見る柊真さんと同じ顔……


そんなことを思っていたら、そのキスを受け入れてしまった。


「これでオレ達、恋人同士ってことで」


待って!

待って!

そんなの成立してない!


今のはぼんやりしていただけで……


「キ、キスくらいで恋人とか、それは違うというか……」

「ああ、だったらその先まで進もうか。オレ、車は狭くて嫌だから、今からホテルに行って――」

「ホテルは行かなくていいです!」

「いいんだ。じゃあ、さっきのキスで返事はYESだな。今度から、オレのことちゃんと颯真って呼べよ」

「無理です!」


そう言ったわたしに、OFFは柊真さんと同じ、優しい笑顔を向けた。


その笑顔にわたしが弱いと知ってるなら、やっぱりこいつは嫌なやつ。


「連絡先」

「連絡先?」

「よこせ」

「嫌です」

「まぁいいや。用がある時はIKEDAで呼び出すから。『恋人なんですけど小鳥遊さん呼んでただけますか?』って」

「最低」

「何とでも」



どうして急にわたしと付き合おうと思ったのか分からない。

だってOFFはわたしのことを好きじゃない。

わたしもOFFを好きじゃない。

この点は、お互いの共通認識のはずなのに。



「連絡先は交換したので、もういいですよね? わたしここから電車で帰るので――」


急に車を発進された。


「送るって言ったろ? もう住所もナビに入ってるし」

「いえ、結構です。停めてください」



断ったのに無視されて、そのまま今度は住んでるマンションの前まで送ってくれた。



「送ってくださってありがとうございます」

「そこはお礼言うんだ」

「送っていただいたのは事実ですから」

「明日も休みだろ? 2時に迎えに来る」

「ええっ?」


一方的な約束をされて、車は見えなくなってしまった。

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