第32話 本心

香雅里さんがalternativeに入ると、美月さんとは別のスタッフがいて「いらっしゃいませ」と声をかけてきたけれど、香雅里さんと一緒にいるわたしを見て不思議そうな顔をした。

きっと、IKEDAの制服を着たわたしがお客様と一緒について回ってるのがなぜだかわからないからだと思った。


香雅里さんは適当に服を見ながら言った。


「わたしね、ずっと気になってることがあって、それを花蓮ちゃんに言おうかどうしようか迷ってたの。それで、言おうと決めたらどうしてもすぐに言いたくなって、仕事先まで押しかけちゃった。ごめんね」

「いいえ、それはいいんですけど」

「あのね……あっ」


香雅里さんがわたしの後ろを見ていることに気が付いて振り向いた。

そこに、柊真さんと颯真が2人並んで立っていた。


「香雅里、人の名前勝手に使っただろ? こっちに問い合わせがあった」

「バレるの早すぎ。それでここまでわざわざ確かめに来たの?」

「いたんだよ、ちょうどここの駐車場に」

「失敗した……」

「失敗したって何だよそれ。こいつ連れまわして何する気だったのか知らなけど、そういうわがままやめろ」

「ごめんなさい」

「颯真、そこまで言わなくても香雅里だってわかってるよ」


柊真さんが助け舟を出して、颯真が黙った。


颯真と目が合ったので、「昨日はありがとうございました」と、お礼を言った。

それを見て香雅里さんが不思議そうな顔をした。


「2人ともいつの間に仲良くなったの?」


颯真は一度ちらっとわたしを見てから、香雅里さんに向かって言った。


「あー、一応報告しとく。オレ、花蓮と付き合ってるから」


危うく、「ふへっ」という声が出そうになった。

ここ仕事場で、わたし仕事中なんだけど……


でもそれを聞いて、香雅里さんの顔に一瞬、安堵の表情が見えた。

柊真さんを見ると呆気にとられた顔をしている。


「そういうことになってたなんて全然気が付かなかったよ。ねぇ、香雅里」

「本当、びっくりしちゃった」


香雅里さん、ほっとしてる?


気が付かないうちに颯真がわたしの隣にいたので、思わず颯真の顔を見た。


それで、彼の目が、優しく微笑んでいることに驚いた。


笑顔の香雅里さんを見て。



それでわかってしまった。


颯真が大切なのは、香雅里さんなんだ。


誰よりも、香雅里さんのことを大切に想ってる。



そうか。

香雅里さんのために、柊真さんに近づく女の人がいたら排除してきたんだ。

颯真は、決して女遊びが好きなわけじゃない。

「誰のことも本気で好きじゃない」のとも違う。


たったひとりの人以外は、好きじゃないだけ。


この人は、こうやって香雅里さんを想ってきたんだ。



それが、わかってしまったから、あまりにも切なくて、心に小さく、ちくりと痛みを感じた。

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