第38話 くやしい

お店を後にして、駐車場に停めてあった車に乗ってから、優次に向きあった。


「わたし、お世話になった方でメールもできなかった人には、挨拶できなかったから、せめて手紙を渡して、ってお願いしたよね?」

「……忙しくて忘れてたんだよ。お前が急に異動になるから」


でも、わたしを異動に追い込んだのは……

だめだ、こんな考え方よくない。


「手紙は少ししかなかったはずだよ? お願いだから、渡してない分ちゃんと届けて」

「わかったよ」

「IKEDAの前で降ろしてね。この件が終わったら、本社には戻らないでIKEDAに行くように言われてるから」

「なぁ」

「何?」

「男できた? きれいになったよな」

「そんなの、もう関係ないよね」

「ヒール、もう少し低い靴の方がいいけど」


何言ってるの?


「オレ達やり直さないか?」

「彼女いるでしょ?」

「なんていうか……彼女、専務の娘なんだ。だからすぐに別れるのは難しいけど、それまで――」


不倫の言い訳みたい。


「もう終わってるから」

「お前は結局、オレのことなんか好きじゃなかったんだろ?」


何それ……


「あの時だって、泣きもせず、すがってもこなかった」



まだ、車が駐車場にとまったままで良かった。

わたしは黙って助手席から降りると、自分の足で駅に向かった。


くやしかった。


わたしは、こんな人をずっと好きだったんだ……




クラクションの音に道路を見ると、外車の運転席から颯真が顔を覗かせていた。


「どうしてこんなところにいるの?」

「それ」


颯真がわたしの持っているケーキの箱を指差した。


「お姫様がご所望で、買いに行くとこ。花蓮は?」

「わたしは――」


その時、驚くことに優次の声がした。

どうやら追いかけて来たらしい。


「おい! 待てよ」

「何?」

「あのさ、悪かったよ、いろいろ。だから機嫌治して、また一緒に企画考えたりしよう」


そういうことか。

優次は仕事を代わりにやってくれる人が欲しいんだ。

わたしとヨリを戻したいわけじゃない。


「他の人にお願いして」

「お前じゃなきゃだめなんだよ。今日だってお前が――」


バタンと音がして、車から降りてきた颯真が、わたしを庇うように前に立った。


「この男は誰? 花蓮?」

「前に……同じ部署で働いていた人」

「ただの知り合いが、気安く人の彼女に話しかけないで欲しい」

「お前、もう男いるの?」

「僕は花蓮に夢中でね、今の仕事を失いたくなかったら、二度と彼女に近づかないでくれるかな」

「何バカなこと言ってんだよ。そんなこと簡単にできるわけないだろ」

「それができる人間もいるってことを知った方がいい」


颯真は黙って名刺入れから一枚の名刺を出すと、優次に突きつけた。


「え……嘘だろ……」


呆然と立ちすくむ優次を無視して、颯真はわたしの手をとった。


「おいで、送っていくから」

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