第54話 嘘じゃない
香雅里さんは柊真さんと一緒にいて、柊真さんは、ケーキを食べている香雅里さんを愛おしそうな目で見ている。
わたしが声をかけると、驚いた顔をされた。
「それ、楽しい格好?」
「仮装なら仮装って言って欲しかったです」
「花蓮ちゃん、素敵なドレスがあるから、それ着ない?」
「いえ、わたしはこの『一般人の仮装』で十分です」
「花蓮ちゃん、これ着て!」
人の話聞いてない……
そばで柊真さんが必死に笑いを堪えている。
「着てって、香雅里さん、これウェディングドレスじゃないですか?」
「いいじゃない」
「よくないですよ!」
「このデザインのドレス着たくて私もオーダーしたのに、デザイナーの人がラインが崩れるから絶対に私に合わせたサイズにはしないって言うんだもん」
「『言うんだもん』じゃないですよ! 仮装でウェディングドレス着るなんて、そんなの聞いたことないです」
「じゃあ、いっそのこと颯真と結婚式しちゃう?」
「香雅里さん、わたしたちもう……」
「花蓮ちゃんの意地悪。私のお願いを聞いてくれないの?」
やっぱり話は聞いてもらえない……
「そういうわけでは……」
「良かった! じゃあ、すぐに着替えて」
「香雅里、僕は外にいるよ。小鳥遊さん、香雅里は決めたら聞かないから、あきらめて」
いくら仮装だからと言って、花嫁衣裳なんて許されるんだろうか?
それでも結局、香雅里さんのお願いを断れず、言われるがまま、ウェディングドレスを着る羽目になった。
着替えている部屋の、扉の向こうで香雅里さんが言った。
「付き合ってるフリの次は、別れたフリ?」
「え?」
「花蓮ちゃんは颯真のことどう思ってるの? 簡単にあきらめちゃうの? いっそのこと押し倒しちゃうとか」
「そんな、無理なこと言わないでください」
着替え終えて部屋から出ると、ブーケを渡された。
「サイズ、花蓮ちゃんにぴったり。背が高いからよく似合う」
「ありがとうございます」
「ねぇ、花蓮ちゃんと一緒にいる時の颯真はどんなやつだった? 冷たかった? 嫌なやつだった?」
「いえ、優しかったです」
「それは嘘だった?」
嘘じゃない。
颯真は、いつも優しかった。
「颯真は?」
「花蓮ちゃんが探してあげて。きっと迷子になってる」
「はい。探してきます」
「うん、お願い。あ、靴もあるから」
靴を履き替えていると、香雅里さんは「私は柊真のところへ行くから。また後でね」と言って、部屋を出て行った。
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