第9話 IKEDA
あまりに急な異動だったからなのか、何かへの配慮なのか、送別会もなかった。
3年も同じ部署にいたのにね。
でも、最後の日にきれいな花束をもらえた。
自分では花束なんて買わないから、嬉しかった。
販売なら食品売り場とかがいいなぁ、と思っていたのに、異動先は服飾売り場だった。
おしゃれとか、一番苦手な分野……
せめてもの救いは制服があることくらい。
IKEDAに出社して初めて配属先を言われた。
当面は、alternativeという、20代後半から30代の働く女性をターゲットとしたブランドのショップのヘルプ。
けれども、ターゲット層ど真ん中であるはずの、25歳の自分には到底手が出せる価格帯の服じゃない。
一体どんな20代が買えるんだろう……
百貨店のオープン前に、一緒に働くことになる女性に挨拶をした。
「おはようございます。今日からこちらのヘルプをさせていただくことになった小鳥遊です」
女性はじっと値踏みするような目でわたしのことを上から下まで見てから、ようやく口を開いた。
「ありえない。何その髪型? メイクも酷いし、ネイルもしてないなんて」
髪の毛は仕事の邪魔にならないように後ろで一つに結んでいた。
メイクは普段通りのナチュラルメイクで、ネイルは……した方が良かったってこと?
「IKEDAからヘルプが来るって聞いてたけど、もっとちゃんとした人が来ると思ってた」
「ごめんなさい。急に決まって、何も分からないまま来てしまったから。直すところ教えてください」
「ふうん。だったら言うけど、全部」
「全部……」
そう言った彼女は、綺麗な濃いブラウンの長い髪を大き目にカールしていて、メイクは一見ナチュラルに見えるものの、隙がない。爪には綺麗なストーンが散りばめられたデザインのネイルが施されている。
驚いたのは、靴で、10cmはするヒールのものだった。
でも、それら全てが彼女に似合っていて、派手というよりは上品な印象だった。
「ここは特別。制服以外で手を抜いたらダメ。誰も何も教えてくれなかったの?」
「……はい」
ここに来るにあたって言われたことは、今朝一番に告げられた「今日からalternativeで販売のヘルプをしてもらうから」の一言だけだった。
「悪いけど、小鳥遊さんのイメージじゃないよね。本社で何かやらかした?」
ああ、そうか。わざとここへ配属されたんだ。
その時初めて気がついた。
そうだよね、こんなに何も教えてもらえないとか、普通はありえないよね。
「ついてないね。今日は御堂さんも視察に来る日だし」
「御堂さんって?」
「本当に何も知らないんだ……」
さっきまで不愉快そうな物言いをしていた女性の口調が同情に似たものに変わった。
「まだ時間はあるから、少しくらいは何とかしてあげる。いらっしゃい」
女性に言われるまま、後ろをついていった。
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