第3話 文句のひとつでも
雨が止んだのを見計らってから店を出て、駅に向かった。
せっかくの日曜日。何か用があるわけでもなかったから、ぶらぶらして帰っても良かったのだけれど、なんだかひどく疲れていて、早く家に帰って眠ってしまいたかった。
駅前のロータリーの横を通り過ぎながら、何の気なしに目を向けると、あのカフェにいた男が立っている。
その姿を見ていると、あの時言われたことに文句のひとつでも言ってもいいんじゃないかと思えてきた。
それで、男の側まで走って行って、衝動的に思っていたことを吐き出した。
「ぶつかったわたしも悪かったですけど、初対面の人間に、あそこまで言うなんて失礼じゃありませんか?」
男は黙ってこちらを見ていたけれど、さっきとはうって変わって、静かな口調で言った。
「それは……ごめんね」
あまりにもあっけなく謝られて、なんだか急にバツが悪くなってしまう。
「あ、いえ、もう済んだことなので、こちらこそすみません」
思わず謝ってしまった……
男は自分が持っていた小さな手提げ袋をわたしに向かって差し出すと、優しく微笑んだ。
「これ、貰い物で悪いんだけど、お詫びに。良かったら食べて」
その時、黒塗りの大きな車が男のすぐ横にとまり、運転手らしき人物が出て来ると、後ろのドアを開けた。
男がわたしに向かって軽く頭を下げてから車に乗り込むと、運転手がドアを閉めた。
何が何だかさっぱり理解できない。
もらった手提げ袋を持ったまま、呆然とその車が見えなくなるまでその場に立ちすくんだ。
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