第38話 ドラゴンとカラスの問答
ドラゴンは今まさに火球をヴァンダルグの街に放とうとしていた。
あれが放たれれば街は終わる。
大爆発が起きて木っ端微塵だ。
「アグニの加護よ!!」
炎の槍が何本もドラゴンに飛ぶ。
しかし、全てがドラゴンに届く前に消滅してしまった。
「ほんとにヤバいぞ!!」
俺は叫ぶ。
もはや手立てがない。
俺たちの攻撃は一切が届かない。
止めることができない。
そして、今まさにドラゴンはその口の中の火球を....。
「やめろ!! やめろシェザーナ!!!」
ふいに叫び声が聞こえた。
「なに!? あのカラス」
「カラス?」
見れば俺たちからさらに離れた場所。
炎の熱が届くか届かないかという距離をカラスが飛んでいた。
間違いない。ルゥだった。
「お前の街を消す気か!?」
ルゥは力一杯叫んでいた。
ドラゴンに言葉が届くように。
「ルゥ!?」
「なんなの? ずっとカァカァ鳴いてるけど」
そうか、リーゼリットにはルゥの言葉はカラスが鳴いているようにしか聞こえないのか。
それはそうだ。ルゥはただのカラスなのだから。
ただし、あのドラゴンの友人の。
ルゥの言葉にドラゴンは動きを止めた。
『邪魔だよルゥ。君ごと焼き払うことになる』
「バカ言うな!! お前が必死に守ろうとしたものをお前が消してどうする!!!」
ドラゴンがルゥの言葉に答えた。
「守ろうとした? どういうことだルゥ!」
俺も叫んでルゥに聞く。
しかし、リーゼリットはやはり首をかしげている。
今リーゼリットには俺の声はカラスの声にしか聞こえていないのか。
そして、どうやらドラゴンの言葉もうまく聞き取れていないようだった。
『トーマには関係ないよ』
「いや、関係ある。一度関わってしまったし、何よりお前は今俺たちを焼き殺そうとしてるからだ。止める手立てがあるなら全力で抗うぞ俺は」
「シェザーナはここで生まれたんだ。そしてここで育った。ここはシェザーナが大好きな場所なんだ。人間の街が出来てからも人間に化けて足を運ぶほどにな!」
「それで人間に化けるようになったのか」
「一度街を滅ぼした時お前は悲しくて泣いたって言ってたじゃないか。大好きな場所を燃やしてしまったって言ってたじゃないか。また同じことをするのか!」
そうだったのか。この土地でドラゴンは生まれ、そして、育った。
この土地に人間の街が出来ても人間に化けて関係なく通うほど好きだったのか。
だが、人間と争いになり、やむを得ず焼き尽くした。人間からすればたまったものではないが、ドラゴンにとっても選びたい選択ではなかったのか。
悲しくて涙を流すほどに。
ドラゴンはこの街を、この土地を愛していたのか。
「本当なのかシェザーナ!」
俺は叫ぶ。
『うるさい。やかましい。なんでも良いからここは燃やす』
「後悔するぞ! やめとけ!」
『今さらそんなありきたりの言葉じゃ響かないよ』
ドラゴンは火球を口の中にくわえたまま。
落とそうと思えば次の瞬間にも落とせるだろう。
まさに絶体絶命とは今の状況だが。
「俺にはお前の気持ちなんか全然分からないけど、お前みたいな目にあったことがないから分からないけど、とにかくやめとけ! お前がヤケになってるのはなんとなく分かる!」
『ヤケで街ひとつ滅ぼすのがドラゴンって生き物だよ。知らなかった?』
「初耳だ! ドラゴンとしゃべるのなんかお前が初めてだからな!」
『じゃあ、諦めて受け入れなよ。そういう生き物が私なんだから』
「諦めてたまるか! 死にたくない!」
『はぁ、結局自分のことなんだね、トーマ』
「当たり前だ! 今から殺されそうになったら誰でもそうだろ!」
まさに俺と俺の仲間を爆死させようとしているやつには言われたくなかった。
しかし、それだけじゃなく、
「でも、自分の命も大事だけど、お前が悲しんでるのも見たくない」
『なんで? 何回か話しただけの化け物を心配するの?』
「仕方ないだろ。色々しゃべっちゃったんだから。一回でも楽しくしゃべったやつが死ぬほど悲しんでるのは見たくないものなんだよ」
『変なの。しゃべったっていっても何時間もしゃべったわけじゃないのに』
「それでも、楽しかったんだ。楽しい時間を共有したやつを気にかけてしまうのは仕方ないんだ。少なくとも俺はそういうやつなんだよ」
そうだ、ただ喫煙所でしゃべっただけのおっさんや、一回会って一緒にゲームをしただけの友達の友達。そんなちょっとした繋がりだけだったとしても、そういうふと思い出すようなひと時を共有した相手が悲しむというのは俺は嫌だった。不幸な目に遭うのは悲しいことだった。
でも、みんな気づいていないだけで、俺は特別でもなくて、人間なんかそんなものなはずだ。
「だから、俺はお前に悲しんでほしくないし、死んで欲しくもないんだよ」
俺の言葉にドラゴンはしばし沈黙した。
そうだった。俺は結局、討伐作戦なんかに参加してるくせにシェザーナのことを思ってしまっていたのだ。
それから、
『今のが殺し文句のつもり? 女心が分かってないな、トーマは』
そして、ドラゴンは首を持ち上げ、空に向けた。
「シェザーナ!」
『もういい、白けた。これでおしまいだ』
そして、ドラゴンはその口の火球を、ドラゴンのブレスが凝縮された火球を、街ではなく空高くに放り投げるように放った。
火球はまるで打ち上げ花火みたいに空高く登っていった。
そして、本当に花火みたいに空に真っ赤に爆発したのだった。
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