第17話 夜闇と怪しい男たち

 そして、時刻は夜だった。


 夕食にリーゼリットが振る舞ってくれたのはパエリアだった。


 海鮮系が市場で結構手に入ったのでということらしかった。


 このヴァンダルグはかなり海から離れているらしく、海の幸が手に入るのは珍しいらしい。


 リーゼリットは元は港町の出身らしく、海鮮料理には明るいのだそうだ。



「そんなに料理が上手い方ではないけど」



 そう言って出されたパエリアは実に美味しかった。リーゼリットは十分に料理が上手いように思えた。


 そして、また心臓に悪い風呂を上がって、あっという間に就寝となった。


 リーゼリットは寝息を立てている。


 俺は止まり木に止まってうつらうつらと意識を薄めていっていた。


 今日は月が眩しく、夜の廃墟の街も輪郭がはっきりと見て取れた。



「ん?」



 その時だった。俺の意識に、視界に人影が映ったのは。


 夜の廃墟の街。


 そこに一瞬、しかし確かに人影がふたつ見えたのだ。



「なんだ」



 冒険者は夜は危険なので限られた高ランクの人間しか入れないはずだ。


 そんな冒険者が家の近くにやってきたのだろうか。


 結界に反応する距離ではなさそうだった。


 リーゼリットはぐっすり寝ている。


 俺は様子を見るために窓の隙間から外に飛び立った。



「あの辺か」



 俺は人影が見えたあたりの廃屋の上まで飛ぶ。


 そして、そこには確かに2人の人間が居た。


 擬音をつけるならまさにコソコソといった感じだった。


 服装も体型を出さない服に長いマント、顔はアサシンみたいなマスクとバンダナで隠されている。まさに隠密といった感じの2人組だった。


 怪しい。ものすごく怪しかった。


 俺は静かにその2人の頭上の屋根に降り立った。


 2人はコソコソと何かを話している。



「あれが『ヴァンダルグの魔女』、リーゼリットの家か」


「本当に壁の中に住んでるとはな。イカれてる」



 何やら不穏な会話だった。



「侵入できそうか?」


「どうやら話の通り結界が何重にも張られてる。今は無理だろう」


「カラスは見えないな」


「家の中にはいるはずだが」



 なんなんだ。こいつらの目的はもしかして、



「カラスの確保が命令だ」



 俺なのか。


 なんでだ? 俺はただのカラスだが。


 いや、ただのカラスではないのか。ヤタガラスになって魔法の効果を何十倍にできるカラスだ。


 ひょっとして騒ぎになった昼間の戦いのせいなのか? あれを見て誰かが俺を捕まえに来たのか?


 その時、動揺した俺はうっかり足を滑らせてしまった。



「う、うわ....!」


 

 慌ててバタバタと羽音を出してしまう。


 まずい。



「ん? なんだ鳥?」


「おい! カラスだぞ! あれが目標なんじゃないのか!」



 まずい、バレた。俺は急いで飛び去ろうとするが.....。



「逃がさないぞ」



 一瞬で目の前に男たちが飛び上がってきた。









「うぎゃあああ!!!」



 俺は恐怖のあまり叫んでいた。


 ダメだ。捕まる。不審な男たちの身のこなしは伊達ではない。ただのカラス程度では逃げきれない。



「何っ!?」



 しかし、男たちは突如俺の前から吹っ飛んだ。そのまま地面に難なく着地する男たち。


 突風、魔法によるもの。


 それはもちろん、



「リーゼリットだ!」



 リーゼリットの魔法だった。リーゼリットは月光を背にホウキにのって空に浮いていた。



「あんたたちが何者なのかは聞かないわ。とっとと立ち去るなら見逃してあげる」



 リーゼリットは男たちに言った。



「くっ、どうする?」


「見つかった時点で任務失敗だ。どのみち特等魔法使いと戦っても勝てない」


「仕方ないか」



 そして、男たちは夜の闇に溶けるように消えていった。足音ひとつしなかった。


 なんて恐ろしい連中だったんだ。



「ひ、ひぇ。助かった」


「良いってことよ。別に珍しいことでもないし」



 リーゼリットはうんざりといった調子でため息を吐いた。


 なんと。これが珍しいことではないのか。



「どうせウィーゲイツの手先よ」


「なんだって? なんでウィーゲイツが?」


「嫌がらせよ。私たちにドラゴン退治をやめさせるため」


「えぇ!?」



 ドラゴンの存在そのものがこの街の経済を支えているとは聞いた。ウィーゲイツはその恩恵を受けているとも。


 だが、だからといってこんなに露骨にドラゴン退治をするリーゼリットたちに嫌がらせをするものなのか。



「だって、誰も尖塔のドラゴンを倒せるなんて思ってないんだろ!?」


「でもドラゴンを街から追い出すことはしてるわ。そのせいで魔物が湧かなくなるとか、他のドラゴン目当ての冒険者が少なくなるとか。そういう心配をしてんのよあの業突く張りは」


「無茶苦茶に強いドラゴンなんだろ!? 心配しすぎじゃないか?」


「でも実際たまにあのドラゴンがここに来る周期が遅れることはあるから。ドラゴンの出現周期の予報までしてるウィーゲイツにとっては面白い人間じゃないのよ私たちって」



 なんてこった。そこまであの領主はドラゴンに依存して街を作ってるのか。魔物に依存した街づくりなんかどう考えても間違ってるだろう。むちゃくちゃじゃないか。



「それに、今はドラゴンを倒せる可能性も出たことだしね。焦ってるんでしょ」


「あ、昼間の魔法か」


「そういうこと。あの騒ぎは当然ウィーゲイツのところにも話が行ったでしょう。それがあんたの力だってことも一緒に。だから、あんたを捕まえにきたって感じね。ちょっとうかつだったわね。あんたのことまで人に話したのは」



 リーゼリットはやれやれといった感じで頭をかいていた。


 なるほど、リーゼリットが他の冒険者に話した俺の力の話がもうウィーゲイツのところまでいったのか。だから俺を捕まえに来たのか。


 なんてやつらだ。


 本当に危なかった。もうちょっとで捕まるところだった。



「さて、寝直しましょう。もう、今晩は来ないわ。あんたも、気になることがあったからって簡単に家から出ちゃダメよ。こうなったら何があるか分からないんだから」


「わ、わかった」



 こんな目に何度も合うなんてたまったもんじゃない。


 2度と家からは1人で出ないでおこう。


 そうして、俺たちは家の中に戻り、今度こそ就寝した。


 しかし、俺はなかなか寝付けなかった。


 窓から外の様子が気になってしかたなかった。


 なんだか、思ったより大変な目に遭っている気がしていた。

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