第7話 冒険者の街ヴァンダルグ

 ピチピチと小鳥が鳴いていた。


 気づけば朝だった。


 目が覚めてそういえば自分がカラスだったと気づくのに10秒くらいかかった。


 普通に家のベッドで起きた気がしたが、俺がいるのはリーゼリットの部屋の止まり木だった。


 一抹の寂しさがあったが、これが俺の今の生活だ。



「おはよう、カラスってそんなに早起きでもないのね」



 見ればリーゼリットはもう忙しそうに何かを調合していた。


 実験室でしか見ないような複雑なガラスの管がネジくり回っている器具。


 先のフラスコには青い液体が入っていて、炎に炙られてコポコポ沸騰していた。


 もう、魔法に関するなにかをやっているらしい。



「何時だ?」


「8時過ぎたところ。寝坊ってわけでもないわよ」



 寝ぼけ眼で時計を見れば確かに今は8時13分だった。


 カラスといえば明け方からカァカァ鳴いているから確かに少し遅いのかもしれない。


 別にリーゼリットに不審がられてもいないから問題はなさそうだが。


 明日からはもう少し早く起きよう。


 転生1日目で疲れていたのかもしれない。



「はい、朝ごはん」


「おう」



 俺の目の前にはパンをちぎったものとくるみが混ざったのが入った小皿が置かれた。


 俺はそれをカツカツ音を立てて食べる。


 なかなか美味しい。くるみかと思ったものはどうやら違うらしく複雑な味わいだった。



「それ食べたら行くわよ」


「行くってどこへ?」


「昨日言ってたでしょ。市場よ」


「そうだった」



 そういえば昨日そんなことを言っていたのだった。


 だが、



「こんな廃墟の街のどこに市場が立つんだ?」


「さすがに街の中は魔物だらけで無理よ。市場が立つのは城壁の外」


「なるほど」



 さすがにこの辺は無理なのか。魔物を狩る人しか入ってこない場所なのかもしれない。


 この中で魔物狩りを生業としている人のために小さな市場が立つ、そう言った感じなのだろう。



「物資は不足しないのか? こんなところ、全然人は寄りつかないだろう」


「ん? ははぁ、あんたなにも分かってないのね。なら後のお楽しみって感じね」



 そういえばリーゼリットは昨日もそんなことを言っていた。


 なんかバカにされているようで腹立たしい。


 と、そうこうしているうちに小皿の朝ごはんはなくなった。



「ご馳走さん。美味しかったよ」



 俺は若干ぶっきらぼうに言った。怒りの意思を示したのである。



「はいはい、どういたしまして。なら、行きましょうか」



 しかし、リーゼリットはまるで動じてはいなかった。


 なんでも良いのだが。


 とにかくお出かけらしかった。







「ほらほら、もうちょっとよ」


「お、お前、飛ばしすぎだ」



 俺は必死に羽を羽ばたかせていた。


 リーゼリットについていくのでやっとだからだ。


 なぜなら、リーゼリットはホウキに乗ってすごい速度で飛んでいるからである。


 昔話の魔法使いよろしく、ハリー◯っターよろしく、リーゼリットはホウキで空を飛んでいた。



「もう少し速度落としてくれ!」


「えぇ、仕方ないわね」



 リーゼリットはしぶしぶと言った感じで速度を落とす。


 ようやく俺が余裕を持ってついていける速度になった。


 ここに来るまでの街は廃墟の一言だった。


 人気なんかまるでない。崩れかけた建物が廃城の前からずっと続くばかりだった。



「あれが城壁か」



 必死に飛ぶ俺の目の前に高い壁が現れる。


 高さ20mはあるだろうか。


 高い壁が一面にそびえ立っている。向こうの景色は見えない。


 俺たちの正面あたりには大きな門があった。



「そう、あれが城壁、そんであれが正門ね。あそこから....説明するまでもないわね」



 そして、俺たちの前の正門。それがゴトゴトと音を立てて開き始めた。すごい大きさの扉がゆっくり左右に開いていく。


 それだけですごい光景だった。


 まさにファンタジー。


 そして、そこから、



「すごい人だ!!!」



 鎧姿の人や、大きな武器を持った人、様々な武装した人間が波のように向こうから流れ出てきた。


 すごい数だけ。渋谷のスクランブル交差点みたいな勢いでどんどん人がこの街に入ってくる。


 しかし、なんだってこんな魔物しかいない廃墟の街に。



「ほら、壁越えるわよ」



 言われるままにリーゼリットに合わせて高度を上げていく。


 そして、壁の向こうが視界に入る。



「なんだこりゃ!? 街だ!?」



 廃墟の街の城壁を超えた向こう。


 そこに広がっていたのは街だった。


 街の外に街が広がっているのだ。


 なんなんだこの光景は。



「ふふふ、手応えバッチリの驚きようで嬉しいわね」



 横でリーゼリットはニヤニヤしていた。


 なるほど、この反応を楽しみにしていたらしい。


 だが、この珍妙な作りは驚くしかないだろう。



「これがヴァンダルグの本当の街。魔物の巣窟と化した壁の内側を攻略しに来る冒険者や魔物狩りを相手に発展したのがこの街なの。中は廃墟でも外は経済が回りまくってるちゃんとした都市なのよ」


「なんてハングリーなんだ」



 どうやらこの滅んだ街はただでは滅びなかったらしい。


 貪欲に滅びさえ糧にして生き延びたのか。


 さっき門から雪崩れ込むように街に入っていったのが冒険者たちで、あの量の冒険者を相手に商売して発展したようだ。


 なるほど、ウィーゲイツがあれだけこだわっていたのはこういうことか。


 滅んだ街だなんてとんでもない。


 ヴァンダルグという街は今まさに繁栄しているのか。



「改めて、『冒険者の街ヴァンダルグ』へようこそトーマ。歓迎するわ」



 リーゼリットは楽しそうに笑いながら言った。

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