第8話 ヴァンダルグの大市

「すげぇ! 街だ!」



 俺の目の前に広がっていたのはまさにファンタジーといった感じの街だった。


 獣の耳が生えたり、ツノが生えたり、大きかったり、小さかったりするいろんな人々がたくさん歩いている。


 いや、たくさんだ。文明レベルは違うが、東京都心とかくらい人が歩いている。


 そして、壁の中とは違って崩れかけでないちゃんとしたファンタジーな家々が並んでいる。


 活気がすごい。


 この街はとても活き活きしていた。



「楽しそうで結構。さて、こっちよ」


「お、おう」



 雑踏を歩いていくリーゼリットの肩に急いで止まる。


 リーゼリットが歩く間にも行けども行けどもファンタジーだった。


 訳のわからない牛を長細くしたような生き物が通り過ぎていく。


 街角でいろんな色の煙が出る小瓶を売っているばあさんがいる。


 頭の上をリーゼリットのようにホウキにまたがった魔法使いが飛んでいく。


 俺は大変にワクワクしていた。



「すげぇすげぇ!」


「ここまで興奮するとは思ってなかったわ。あんたひょっとして、人間の街に住むの自体初めてだったりする?」


「ま、まぁこんなにしっかりした街は初めてだ」



 ということにしておく。


 正直に言っても余計な混乱を招くだけだし、その瞬間放り出されるかもしれない。



「ふーん、なら色々初めてなわけか。道理で」


「へへ」



 そして、リーゼリットの肩の上に乗ってしばらく歩くと大きな広場に出た。


 おそらく最初はただの荒地だったであろうそこには色とりどりの帆を張った露店がずらっと並ぶ。


 これこそが、



「これがヴァンダルグの大市よ」


「すごい大きさだな!」



 見渡す限りに店が並んでいる。


 人の数もすさまじい。


 旅番組とかで見る外国の市場をさらに大きくしたかのようだった。


 食材を売っている店もあるし、武器や鎧を売っている店もある。なんだかわからない道具を売って利用店もある。


 ファンタジーな世界だった。



「すげぇ!」



 俺はまた年甲斐もなく興奮してしまう。


 いや、もうカラスだが中身は30の成人男性だ。


 ちょっと恥ずかしいが、しかしやっぱり興奮してしまう。


 ゲームでしか見たことのない景色が目の前に広がっているのだから。



「本当に楽しそうね。ここまで喜んでくれるとは思わなかったわ」


「いやぁ、はは」



 照れる俺。



「まぁ、とにかく。用事を済ませていくとしましょう」


「何を買うんだ?」


「主に魔法薬に使う材料ね。あとは食材を少々」


「へぇ、面白そうだ」


「そう? 私はもうなにも感じないけど」



 仕事になったらなにも思わなくなる的なあれか。


 だがこっちは全部初めてだ。魔法薬、なんていい響きだ。


 そして、俺たちは人の流れに加わり、市場に入っていくのだった。









「もっとまけられないわけ? この前より高いじゃない」


「この前の嵐のせいで仕入れ値が上がってるんだ。これ以上はまけられないね」




 そして、リーゼリットは堂々と薬草の店の店主に値切りをかましていた。


 かれこれ3件目になるが、全ての店でリーゼリットは値切り交渉を行なっていた。


 ものすごく面倒な客なんじゃあるまいか。



「500ゼールまで下げてよ」


「バカ言うな。儲けがなくなっちまう」


「なら600」


「無理だね」


「じゃあ700」


「上手いこと交渉しようったってその手には乗らないぞリーゼリット。長い付き合いだからな」


「むぅ、さすがに行きつけの店じゃ通用しないか。仕方ない、今度から別の店に行くかぁ」


「................750なら良い」


「本当!? よっしゃ! それで!」


「チクショウ、また乗せられた」



 店主はしぶしぶと言った感じで真っ赤な草の束をリーゼリットに渡した。


 なんかものすごく迷惑な客なんじゃなかろうか。



「いやぁ、良い買い物したわ」


「お店泣かせの客だな」


「いつもしこたま買ってるんだからちょっとくらいまけてもらわないと」



 リーゼリットに悪びれた様子はなかった。恐ろしい女だ。


 だが、確かに手元の荷物は結構な量になっていた。


 もうそろそろリーゼリットが持てそうに無くなってきた。



「さて」


 

 そして、リーゼリットが手にしたのは革製のポーチだった。



「なんだそのポーチ」


「ん? ものをしまうポーチ」



 そらポーチはものをしまうものだろと思ったが、リーゼリットは買った薬品や薬草の入った紙袋をポーチの口に近づける。


 すると、



「なんだそれ!?」


「何を隠そう魔法のポーチでございます」



 品々の入った紙袋は吸い込まれるようにポーチの中に入っていった。


 サイズ感とか度外視だった。


 なるほど、ドラ◯もんのポケット的なやつなのか。


 さすがは魔法使いといったところだ。



「結構回ったわね」


「そうだな」



 市場の店にかかった時計を見ればもう10時にさしかかってきていた。


 冷やかしも含めればそれなりの店を回っている。


 どこもかしこも真新しいものばっかりだった。


 そもそも市場自体日本の地方都市に住んでいた俺には珍しいのに、そこに並んでいる品々は見たことのないものばかりだ。


 薬草や武器、ダンジョンで取った貴金属。そして魔物の素材、怪しげな道具。


 それらを獣人や小人なんかが売っている。


 1人だが巨人も見た。


 まさにファンタジー。俺は興奮しっぱなしだった。



「すごい市場だな」



 俺は興奮気味に言った。



「なんか楽しんでるわね。カラスにとっても物珍しいか」


「まぁな」



 見渡す限り面白いものばかりだ。



「次はどこに行くんだ?」


「次は魔法道具屋ね。このポーチみたいな便利グッズがないか見に行くわ」


「ほほぉ」



 魔法道具、なんて甘美な響きだろうか。


 俺は楽しくてリーゼリットの肩でリズムを取って揺れてしまう。



「本当に楽しそうね」


「い、いやぁ」



 なんか照れる。


 しかし、ファンタジー世界の探究はまだまだ続くのだった。

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