第9話 街のカラスと白い少女

 そうして、俺たちは市場の中を歩き、魔法道具屋のあるあたりまでやってきた。


 見ればこの辺はそういった品物を売る店が集まっているようだ。


 なにがなんだか分からない箱だの瓶だのでかい像だのが並んでいる。


 用事がある人は少ないのか他と比べると若干人が少なかった。


 歩いているのはザ・魔法使いみたいなローブを着た人ばかり。



「なんか他と雰囲気違うな」


「こんなところに用があるのは魔法使いばかりだからね」



 リーゼリットはとりあえず目につく店に入っていく。



「ふぅん、結構良い品揃えね。あんまり見ない顔だけど新入り?」



 リーゼリットに声をかけられて椅子にかけていた小人の商人は読んでいた分厚い本を閉じた。

 


「今日が初めてだね。ヴァンダルグの大市の噂は聞いていたからね。遠かったけど思い切ってエモルクからやってきたのさ」


「へぇえ、それはまた随分遠くから来たわね。エモルクって言えば私の兄弟弟子がいるわ。アリアンヌって言うんだけど」


「おや、ひょっとして『海辺の魔女』のアリアンヌかい?」


「そうそう、その子。あの子も.....」



 店主とリーゼリットは盛大に世間話に花を咲かせ始めた。


 俺はまったく話に入れない。


 リーゼリットも俺の方にはまるで意識を向けはしなかった。


 あまりに暇になってきたので、俺はリーゼリットの肩から飛び立って、少し周囲を飛んでみる。


 上空から見る市場はなかなか壮観だった。


 たくさんのカラフルな屋根、その隙間をたくさんの人。


 空を飛ぶと言うのは悪くない。


 と、その時だった。



「お、見ねぇ顔だな」



 声がした。


 すぐそばだった。


 俺がそっちに顔を向けるとそこにいたのはカラスだった。俺と並ぶように飛んでいる。



「おぉう」



 俺はびっくりした。


 体がカラスになったので、やっぱりカラスの言葉も分かるらしい。


 すごく不思議な感じだが面白いとも思った。



「どこから来たんだ?」


「あの壁の向こう」


「内側に住んでんのか!? 正気かお前!?」


「魔法使いの使い魔にされてる」


「あっちゃー、そりゃ災難だな」



 このカラスはかなり陽気だった。


 学校によくいるちょっと間抜けだけど誰とでも仲良くなるタイプの陽キャっぽい雰囲気を感じる。陰キャである俺にも話しかけてくるタイプだ。



「人間に関わるとろくなことがねぇからな。とっとと逃げ出すのをおすすめするぜ」


「今の所そう悪くもないけどな」


「騙されてるんじゃないか? 気をつけた方がいいぜ」


「お、おう」



 どうやら人間嫌いらしい。まぁ、他の生物からしたら人間なんかろくなもんじゃないのかもしれない。



「とはいえ変わった境遇なのも間違いねぇ。ちょっとだけ話聞かせてくれよ」


「まぁ、ちょっとなら」



 そう言って、俺はそのカラスに従って高度を下げていった。









「こういう木の皮をめくるのが最高なんだよ」


「へ、へぇ」



 目の前でカラスは街路樹の皮をベリベリめくっていた。



「くぅー、たまんねぇ」



 なんだか知らないがとにかく気持ちよさそうだった。大丈夫かこのカラス。



「はぁー、たまらん。おっとすまねぇ、変なとこ見せたな。俺はルゥ。このへんで気ままに暮らしてる」


「俺はトーマだ。よろしく」


「ずいぶん人間みてぇな名前だな。もの好きなやつだ。お前は使い魔やって長いのか?」


「いや、昨日からだ」


「昨日から!? 今なら逃げれるんじゃないのか?」


「いや、別に逃げなくてもいい」



 はっきり言って、前世の社畜の時に比べたらかなり良い職場だ。


 飯風呂居住はしっかり保証されているし、命の危機にはしっかり雇い主がかけつけてくれる。正直人使いは荒いが許容範囲だ。



「人間の子分やって満足なんてもの好きだなぁ。俺だったら耐えられないぜ。生まれもこのへんなのか?」


「いや、ずっと遠くだ」



 そう言うしかない。



「そりゃあまた、遠路はるばるこの街に来て人間に捕まったのか。大変だなお前」



 ルゥは気の毒そうに俺を見ている。


 さっき剥がした皮を足でもて遊びながら。


 木の皮はタバコ的なものなんだろうか。


 それにしてもルゥが聞くのは本当に世間話だ。ただただ話がしたかっただけらしい。


 カラスと世間話するなんて夢にも思わなかった。


 これも転生の醍醐味なんだろうか。


 と、その時だった。



「やぁ、ルゥ。ここにいたのか」



 通りの脇で世間話に興じる俺たちに声をかけるものがあった。


 しかし、それはカラスではなかった。



「しぇ、シェザーナ...!!」


「探したよ。いつものところにいないんだもん」


「いや、ははは...」



 そこにいたには少女だった。


 銀色の髪の少女。


 白を基調とした服装。デザイン自体はファンタジーの住人のこの街の人々変わらない。


 ただ、恐ろしく美しかった。


 作り物みたいに綺麗な少女だった。



「ん?」



 少女は俺を見るなり首をかしげた。



「君、カラスじゃないね」



 少女は、シェザーナは言った。

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