第5話 夜の会話とヤタガラス
そして晩飯を終えると日はすっかり落ちていた。
俺は作ってもらったベーコンエッグとパンをカラスが食べられるだけ食べ、満腹となったのだった。
食後のまったりする時間。
俺は止まり木に止まってゆったりしていた。
人間ならスマホをいじってぐだぐだする時間にあたるのだろう。
カラスになったからなのか、木に止まっているだけでもこれといって不満はなかった。
リーゼリットは鍋になんだか分からないキノコだの葉っぱだのを入れてグツグツに混んでいる。
「それはなにを作ってるんだ?」
俺は気になったので聞いた。
「これ? ポーションよ。ただとびきり上等なやつ。即死の傷以外ならこれを塗ればとりあえず一命を取り留めるわ」
「そんなすごい薬があるのか」
元の世界にあればどれだけ高値がつくだろうか。想像もつかない。
「これさえあればドラゴンとの戦いもかなり気が楽になるってものなのよ」
「なるほど。確かにただじゃ済まなそうだったしな」
確かにあんな怪物と戦って、傷ひとつなく済むことなんかあるはずがないだろう。
時には重傷を負うのも分かる話だ。
「人が死んだりしないのか?」
そして、時には重傷では済まないだろうと思った。
「私のグループでは死人はいないわね。でも、この街全体で見れば何年かに1人はいるけど」
「そんなものなのか」
「そんなものよ。この街は物陰が多いし、みんな長くあいつと戦い続けてるから本当にヤバいラインがわかってるのよ」
「なるほど」
それにしたってあんな化け物や魔物と戦ってまれにしか人が死なないというのはすごい話だ。
それだけ経験豊かな人間ばかりということなのか。
魔物と戦うのなんか勝手がさっぱり分からない。
昨日まで他の世界で普通の人間だったのだから当たり前だが。
「まぁ、誰も死なないのが一番よ。そのために私はこうしてポーションを作ってるのよ」
そう言ってリーゼリットは袋の中から何かの根っこを取り出す。
それはビンに入っていた。
「ちょっと耳塞いでないさい」
「なんだそれ」
「マンドラゴラよ。叫び声聞いたら死ぬから」
「いや、どうやって塞げば良いんだ」
俺はカラスで、耳なんか塞ぎようがない。
「じゃあ、ちょっと外出てて。さすがにあんたに死なれたら目覚め悪いわ」
「仕方ないな」
所詮カラスの扱いのようだが、使い捨ての駒みたいな扱いじゃないだけマシかもしれない。
俺は窓の隙間から外に出た。
途端、家の中からすさまじい金属音のような音が響いた。
しかし、魔法で部屋が密閉されているのかそこまで大きい音ではない。
「すごいなマンドラゴラって」
ゲームの中でしか見たことのないアイテムを実際目にしたと思ったらなんだか少しワクワクした。
「夜風が涼しいぜ」
この滅びた街にも夜風は吹いていた。冷たい風が俺の羽毛を揺らす。なかなか心地よかった。
しかし、その時だった。
───グルルルルル
低い唸り声が響いた。
「なんだこいつら」
そこに現れたのは赤い目をした狼のような怪物の群れだった。
俺は犬のような怪物の群れに囲まれている。
そいつらはこのリーゼリットの家の周りを囲んでいた。
まさに、この家を襲おうとしているのだ。
夜闇に赤い目が光っていた。
「こ、これはまずい」
俺は家の前の廃材の上に止まっていたが、気づけば何匹かは一息で俺に飛びかかれそうな位置にいた。
もはや、リーゼリットを呼ぶ余裕さえなかった。
これが魔物なのか。
はっきり言って大ピンチだった。
目の前の一匹が俺に飛びかかってきたら俺はすぐに死ぬだろう。
「なんてこった」
せっかく第二の生が始まったのに、今にも終わりそうだった。
このままでは俺は死んでしまう。
「り、リーゼリット...」
俺はか細い声でリーゼリットを呼ぶ。
しかし、とても家の中には届かなかった。
まずい、本当にまずい。
───グルルルルル
魔物は無造作に間合いを詰めてくる。一匹、また一匹と魔物たちは俺に近づいてくる。
俺は恐怖で縮み上がっていく。
「く、来るな」
俺は言うが、ついにその時はやってきた。
───グガァアアァア!
魔物の一匹が勢いよく俺に飛びかかってきたのだ。
鋭い爪が、牙が俺に迫る。
その時だった。
「やかましいっ!」
目の前で爆発が巻き起こった。
「うぎゃあ!」
俺は叫ぶ。
そして、俺に飛びかかった魔物の一匹はその爆風で吹き飛ばされていた。
「り、リーゼリット..!」
見れば家の入り口にリーゼリットが立っていた。指を振った体勢。魔法を使ったのだ。
なんとか助かったらしい。
「また、ブラックドックの群れかわずらわしい」
「死ぬかと思った」
「ちょっとビビらせたみたいね。家の周りには結界が張ってあるから見なくても....って、あんたどうしたのそれ!?」
「は?」
リーゼリットに言われ、自分の体を見る。
すると、明らかに様子がおかしかった。
いつの間にか羽もクチバシも真っ白に変わっている。
そして、両足の間から3本目の足が生えている。
体がなんだかすごく暖かかった。
まるで体が太陽になったように。
「ヤタガラスだ」
俺は言った。
俺の体は元いた世界の神話に登場する神獣のように変わっていた。
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