第19話 魔方陣と職場環境
「ええい、しつこいわね!」
すさまじい火柱が上がり、ギガントスライムは蒸発した。
一瞬だった。
何回か魔法を当てても分裂したところから再生するのにイラついたリーゼリットは大火力で勝負をつけたのだ。
「ふぅ、戦闘終了」
リザルト画面の音楽でも流れそうだったがここは現実だ。
とにかく、俺たちは街の一角にやってきていた。
当然、周囲は廃墟の群れだ。
人気はない。
しかし、ここに来るまでにいくつか冒険者のパーティには遭遇した。廃墟の街だが冒険者たちで賑わいはあるようだ。
「ここでなんかするのか」
「そういうこと。魔法陣を描くわ。それで私の魔力を流せばいつでも起動できる魔法術式の完成ってわけ」
「そういう感じなのかぁ」
言うが早いか、リーゼリットは青いチョークを取り出し、朽ちた石畳に線を引き始めた。
チョークで引いた線は淡く青く光っている。不思議な感じだった。
リーゼリットは円を描いているがかなり大きい10mくらいはあるだろうか。
それに、
「すごいちゃんとした丸だな」
「真円を描けるかどうかも魔法使いの大事な力量のひとつよ」
リーゼリットが描く円はこの大きさなのに機械で書いたみたいな丸さだった。
これがちゃんとした円かどうかで魔法の効力も変わるのだろう。
しかし、地味だった。
それはそうだ。やっているのはチョークで地面に図形を書いているだけなのだから。
「暇ね。あんたなにか歌いなさいよ」
「いきなりそんなこと言われもな。大体俺はカラスだ。歌うのはインコとかカナリアだろう」
横暴だった。
「じゃあ、身の上話。カラスの身の上って興味あるわ。生まれはどこなの?」
「生まれ?」
元々は人間ですとも言えない。
かといってまるっきり嘘を言っても見透かされる気がした。
「人間の地名はよく知らないが、ずっと遠くだ。そこで働いてた」
「働いてた? あんた前も誰かの使い魔だったの?」
口が滑った。嘘が下手すぎる。
だが、言ってしまったものは仕方がない。
「少しだけだけどな。ヒナから育てられて少しだけ」
「へぇ、どんな魔法使いだったの?」
「ひどいやつだったよ。休みはないし、仕事は到底終わらない量だし、常に怒鳴りつけられるし。きっと俺が死んだって何も思わなかっただろう」
俺は前の仕事のことを思い出しながら言った。
本当にひどい会社だった。
「うわ最悪。使い魔は魔法使いにとって道具って言ったって限度があるわよ。相手は生き物なんだから。大体道具だって大切に扱わないとちゃんとした働きをしないでしょうに」
俺の会社をリーゼリットはそうやって評価した。
確かにその通りだ。仮に会社にとって俺たちは下っ端が道具でしかなかったとしても、手入れを怠ると道具はうまく働かない。そもそも倫理観が終わっているが、その終わっている倫理観の中でさえも間違っていたのだろう。
「だから、お前のところに来れてホッとしてるところはある」
「私の使い魔の扱いも大概だけど、これでマシって相当ひどかったのね。同情するわ」
自覚はあったのか。
だが、ここまでこうしてリーゼリットと過ごして、人使いが荒いが、人使いが荒い以上のことはないのだ。
それだけでかなり好感が持てる。
転生するのも悪いものでもない。
「さて、なら仕上げね。あんたにも協力してもらうわよ....って」
言いかけたリーゼリットだったが、俺たちの目の前にはでかいカエルの群れが現れていた。
「はぁ、今日は多いわね。もう門は開いてるんだけど、みんななにしてるのかしら」
そう言ってリーゼリットは俺に魔力を流す。俺はまたヤタガラスになる。
なんて忙しいのか。
また戦闘だった。
そして戦闘終了だった。
目の前には炭になったカエルたちの姿があった。
やや愛嬌があったが、リーゼリットは迷わず1発で焼き殺してしまった。
「さて、その姿になってるわけだし、やってみましょうか」
「どうやるんだ?」
「あんたはその魔法陣の真ん中に立って。魔法を書き込むから。本当は魔導書を触媒にするんだけど、今回は試しにあんたを使ってみる」
「へぇえ」
間抜けな相槌を打つ俺。
よく分からないが、それで俺によって強化された魔法が発動するようになるらしい。
俺は言われた通りに魔法陣の真ん中に立った。
そして、リーゼリットが俺の前にしゃがんで手をかざす。
「業火のおこり、燃え盛る薪、プロメテウスの名の下にその術を記す」
ボソボソとリーゼリットが言葉を唱える。呪文の詠唱だろうか。
それと同時だった。
「ぉおおおおおぉおおお!!??」
なにかが頭から流れこんで体を通って足に抜けていくのが分かる。
普通でない感覚だ。
なんか怖い。すごい勢いで体の中を何かが通り抜けていく。
「なんかすごく不快だぞ!!」
「我慢しなさい。これしないと魔法がうまく発動しないんだから」
リーゼリットは聞く耳を持ってくれなかった。
やはり人使いが荒い。
そして、やがてリーゼリットは手を外した。同時に俺の体も楽になった。
「ふぃい...」
それと同時になんだか急に体が心地よくなった。なんだかすごく楽だ。マッサージを受けた後のようだった。
「なに? なんかトロンとしてないアンタ」
「なんかすごく心地いい....」
「えぇ? なにそれ、なんか気持ち悪い...。大丈夫なのか心配になってきた」
そう言いながらリーゼリットは魔法陣に手を当てた。
すると、淡く青い光を放っていた魔法陣が途端に赤く光った。かなり強い光だ。
俺はビビり散らかして飛び立った。
「うぉあああ!!」
「大丈夫よ。魔力が通っただけだから。うんうん、いい感じね」
なんだか知らないが、どうやらうまくいったらしい。
俺は未だ心地よいリラックスした感覚に包まれていた。
「トロンとしてないで行くわよ。今日はこれ5箇所やるんだから」
「ほいほい」
まだ気持ちいい俺は気のない返事を返してリーゼリットの肩に飛び乗る。
リーゼリットはホウキに乗って飛び上がった。
こうして1日が始まったのだった。
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