第25話 風呂上りと晩御飯

 そして、全ての術式を張り終えた俺達は工房へと戻っていた。


 時刻はもう夕暮れで、街は赤色に染まっていた。


 魔物だらけのこの廃墟の街でも夕焼けに染まった景色は綺麗だった。


 むしろ、その景色しか見えなかった。そっちにしか視線を合わせていなかった。



「さて、今日は忙しかったから晩ご飯はあり合わせよ。我慢してよね」



 そう言うリーゼリットが広げたのはパンにざっくり切ったハムとトマトとレタスを挟んだサンドイッチと、さっと作ったスープだった。


 俺のあり合わせのイメージといえば、スーパーのお寿司とお惣菜セットなので随分しっかりしていると言えるだろう。リーゼリットは以外にしっかりしているのかもしれない。


 しかし、とにかく、



「とにかくさっさと服を着ろよ」


「なによ。タオル巻いてるじゃない」


「タオル巻いてるだけだろうが」



 リーゼリットは風呂上がりでタオル一枚の姿だった。


 その豊かな肉体はタオル一枚では隠し切れているとはとても言えなかった。


 よって俺はただひたすら窓の外を眺めるカラスと化しているのだった。



「本当に変なカラスね。人間の裸なんか興味ないと思うんだけど。慣れもしないのね」


「こっちにもこっちの気持ちってもんがある。同居人の訴えは聞いてもらいたいもんだな」


「はいはい、晩ご飯食べたら着替えるわよ」



 そう言いながらむしゃむしゃとサンドイッチを食べるリーゼリット。つまり、晩ご飯を食べるまではこのままだということだろう。


 非常に困るが、仕方ない。


 使い魔は主に逆らえない。


 もう、視線を合わせないくらいしかできない。



「今日はもうこのまま寝るのか?」


「まぁ、ちょっと魔法道具の準備してからね。明日は早くからみんなと合流だし」


「俺の話は聞いてくれたのか」


「まぁ、一応ね」



 リーゼリットは「明日ドラゴンが来る」という俺の言葉を受け入れてくれた。


 街に魔法の術式を張った後、リーゼリットは街の外に出て仲間達にそのことを話してくれたのだ。仲間達はもちろんあんまり真に受けていなかったが、中には戦えるならその方が良いというものまで居た。骨の髄までドラゴンハンターらしかった。


 頼もしいというかなんというか。ちょっと心配になるレベルだった。



「戦う準備はいつだって整えてる。みんなでこの広場に集合して、来たら戦う。来なかったら解散。それだけよ」


「そうか。それだけか」



 当然生きるか死ぬかの戦いになるが、その覚悟もみんなしてあるということなのだろう。 

 なら、俺からそれ以上とやかく言うことはないのかもしれない。



「あんたは怖くないの? 嫌なら逃げても良いのよ」



 ふと、リーゼリットはそんなことを俺に言ってきた。



「怖いけど、俺が居ないとだろ」



 俺のヤタガラスの力がなくてはリーゼリットたちに勝利はない。ただ殺されるだけだ。


 本当は皆殺しにするとシェザーナが宣言した以上、俺達はもう死ぬしかないのだと。


 しかし、なんだかこいつらと居るとそうはならない気がしてきた。気のせいなのかもしれないが、なんやかんや生き残るような、そんな気がしてきたのだ。


 なんの根拠もないけれど。


 こいつらのドラゴンハンターとしての生き様みたいなものに感化されたのだろうか。


 それに、シェザーナは意思疎通が可能だ。なんとか説得出来ないかとも思う。


 とにかく、絶望ばかりもしていられない。どのみち、戦う以外で生き残る術はなかった。

 リーゼリットたちと一緒に、シェザーナと戦うしかないのだ。


 そして、勝てなくとも、なんとか生き残らなくてはならないのだ。



「なんかやけに決意に満ちた顔してるわね」


「な、なんだよ。悪いか」


「あんまり肩肘張らない方が良いわよ。やる気満々なやつが一番危ないんだから」


「危ないって何だよ」



 なんだか、俺のこの情熱が茶化されたようで若干むっとする俺。


 そんな俺の機嫌に合わせてかなんだか、心なしか景色もくすんでいるように見える。


 つい目を合わせてしまったリーゼリットの起伏に富んだプロポーションもばっちり見れたがやはりくすんでいる。


 いや、なんだ? 部屋の中がやけに煙っぽい。



「なによこれ」



 リーゼリットが言う。明らかな警戒を込めて。


 どう考えても部屋の中は煙が満ちていた。そして、窓の外を見ればその景色も濃い煙に包まれているのだった。








「隠れて」


「なんだ?!」



 リーゼリットに言われるままに俺は窓から離れて部屋の奥に引っ込んだ。


 煙はどうやらドアの向こう、外からだった。


 景色がくもっている。外が、この家が煙に包まれているのだ。



「家事か!?」


「違うわ。これは、魔力が通った煙。魔法の使用を制限する魔法道具の煙だわ」



 つまり、襲撃ということか。


 そして、その相手が誰かなんか分かりきっている。



「ウィーゲイツの手下だわ」



 昼間だけでは飽き足らず、今夜もまた仕掛けてきたらしい。


 どれだけ俺に執着しているんだ。どれだけ嫌がらせがしたいんだ。



「これはヤバいのか?」


「この工房の中に居る限りは私が優勢なんだけど。やりにくいのは確かね」



 この煙が魔法を制限するということは、つまりリーゼリット対策だろう。


 工房がリーゼリットに有利に働くとはいえ、影響がまったくないということはないはずだ。


 リーゼリットはドアに警戒を向けている。


 入ってくるであろう襲撃者を迎え撃とうとしている。



「そこか!!!!」



 しかし、リーゼリットは突如体を翻し、魔法を放った。


 爆発したのは俺の真横だった。


 なにかが飛び退き、そして窓の近くで着地した。



「ニンジャ!??」



 外はすっかり暗くなっている。輝く月明かりに照らされたその人影は、黒い和風の装束に、口元まで覆い隠す頭巾をかぶっている。ニンジャとしか形容できない存在がそこに居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る