第26話 シノビとの戦い
「なんだこいつ。ニンジャだ」
俺はつい口にしていた。
「ニンジャっていうのがなんなのか知らないけど、こいつの噂は聞いてるシノビってやつよ」
ニンジャという単語はこの世界にはないのか。若干失言だった。代わりにシノビはあるのか。ほぼ同じ意味だと思うが、この世界の言葉では違うんだろうか。
シノビは暗闇の中でただ影のようにたたずんでいた。頭巾の隙間から見える瞳に光はない。まるで、置物のようだった。存在感も薄い。敵意や害意のような感情も伝わってこない。まるで空白だった。
「ウィーゲイツの虎の子ね。こいつが居るからウィーゲイツには逆らえない。前にウィーゲイツが隠し財産を疑われた時、王都からの監査官を護衛してた近衛兵50人を全滅させたのがこいつだって聞いてるわ」
「どれぐらい強いんだ、それ?」
「レナ20人分くらいかしら」
「タオル一枚で勝てる相手なのか?」
「ちゃんと服着てても勝てないわね」
冗談に受け答えする余裕はまだあるようだが、どうやらかなりの強敵らしい。
シノビとやらは今もまるで作り物のように微動だにせずに俺達を見ている。
それは今まで相手にしてきた魔物達や襲撃者とは異質だった。生物感がまるでない。
敵意も脅威もない。
わけがわからない話だが、俺はこいつを見ても恐怖が湧かなかった。明らかに敵で、そして恐ろしく強いという情報を聞いてもだ。それが何より異常で、その事実こそが俺を恐怖させた。
「どうする?」
「そりゃあ、戦うしかないでしょ」
「戦う!? 勝てないんじゃなかったのか?」
「確かにこいつは強いし、まともにやりあっても勝てないわ。でもそれは外での話。ココは私の工房で、それはつまり私の体の中も同然ってことよ!!」
そして、リーゼリットが指を振る。
それと同時だった。
シノビの足下、その床が消滅した。いや、消滅したのはシノビの足下だけではない。
この部屋の床自体が消滅したのだ。下は底さえ見えない奈落だった。
しかし、俺が乗っている家具やリーゼリットはそのまま宙に立っている。床だけが消滅し、それ以外は元のままだった。
「ふん、さすがに速いわね」
しかし、見ればシノビは一瞬でクローゼットに飛びつき、張り付いていた。下には落とせなかったらしい。大した速度だった。
「でも、この工房の中は私の領地なのよ」
リーゼリットが指を振る。するとクローゼットが軋みを上げ、その中から光る赤い帯が幾本も吹き出し、シノビに迫った。
シノビは瞬時に飛び退き、次は本棚の上に捕まる。
「そこも!!」
しかし、次は本棚の本が一斉に飛び出し、鳥のように飛び回ってシノビに襲いかかった。そして、燭台からは炎が、大釜からは薬液が吹き出し、フライパンも皿も飛び回ってシノビに襲いかかった。部屋全体がシノビに攻撃を始めたのだ。
しかし、シノビもただやられているわけではない。
「あっぶない」
リーゼリットの顔の前で中華鍋がなにかを弾いた。見れば壁に突き刺さったのはクナイだった。
何回も弾かれる。
そのたびに壁に突き刺さるクナイ。
この家具達の猛攻の中、シノビはわずかな隙の中でクナイを放っているらしい。
「こいつらにも協力してもらいましょうか」
リーゼリットが言うとクナイがカタカタと動き始める。
そして、壁に刺さっていたクナイはそこから外れると回れ右して自分の主にものすごい速度で飛んでいった。
シノビはそれを刀で弾くがクナイはミサイルのようにぐるりと回ってまた襲いかかる。
「なんだこりゃあ」
俺は思わず言っていた。
さっきまでシノビは敵わないくらい強いと言っていたが、形勢は完全にリーゼリットに有利だった。
「この工房は私のもの。工房にあるものは全部私のもの。ここに入った時点でね。あいつのものだろうが関係なし。だから、ここなら私の方が強い」
なんていうかスーパージャイアンだった。
この家の中でなら全てがリーゼリットの思うがままなのか。リーゼリットの家具も、シノビの道具でさえも。
確かにこの勢いならばリーゼリットが勝てそうだ。
と、その時だった。
『オォオオオオォオオ』
壁の向こうから何か、が吠えていた。
そして、板張りの壁を剥がして、巨大な真っ黒な腕が伸びてきた。
「ああ、彼も起きちゃったか。まぁ、良いわ。協力してもらいましょう」
その腕はシノビにずるりと伸びていく。
その時だった、家具達に攻撃されていたシノビ、その姿が消えた。
いや、一瞬でリーゼリットに飛んだのだ。
しかし、
「無駄よ」
シノビの刀がリーゼリットに届くことはなかった。
シノビは空中で静止していたのだから。
シノビの装束。それが、本棚に巻き付いていた。
「あんたの服も武装ももう私のモノ。そして、今のあんたはこの部屋の空間が握りしめてる。ここじゃ私には勝てないわよ。ウィーゲイツの懐刀さん」
時空間さえリーゼリットに従っているらしかった。
ここでならリーゼリットは異能バトル最強の時空間能力さえ使えるのか。
なら、ここでリーゼリットに勝つことは実際不可能なのかもしれない。
ここでのリーゼリットは強すぎた。
「このまま帰るなら見逃すけど?」
リーゼリットの言葉にシノビは答えない。
その瞳はがらんどうで感情は浮かんでいなかった。
代わりに、
──ガリ
何かを噛みつぶす音が聞こえた。
同時に、
「消えた!?」
シノビはその装束を残してこの場から消えたのだった。
「ウツセミってやつか。奥歯に何か仕込んでたわね。体の中までは私のものには出来ないし、どうしようもなかったか」
「逃げたのか」
つまり、リーゼリットの勝ちということらしかった。
脅威は去ったらしい。
どうなることかと思ったが、危険な局面は越えたようだった。
家具達ももとの場所に納まっていき、床も再び現れていた。
壁の向こうから伸びていた恐ろしい黒い腕も消えていた。
「もう、大丈夫なのか? あいつは?」
俺は気になって窓の側へ飛び、外の様子をうかがう。
「あ! バカ!!」
その時だった。俺の視界は真っ暗になったのだった。
魔法使いと尖塔のドラゴン〜転生したら使い魔のカラスだった俺がなぜだかドラゴンと戦う話〜 鴎 @kamome008
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