第24話 言い訳とドラゴン狩り
「じゃあ、俺はこのへんで街に帰るぜ」
「あ、ああ」
俺はルゥに気のない返事を返す。それは仕方が無い。だってさっき、シェザーナとあんな分かれ方をしたのだから。
「大丈夫か?」
「殺すって言われて大丈夫なわけないさ....」
「そらそうか.....」
ルゥも語気が弱かった。俺に同情してくれているのか。
「明日シェザーナのやつが来たら俺からも言うぜ。やめとけって」
「バカでかいドラゴン相手に大丈夫なのか?」
「さぁ、分からねぇ。殺そうと思えば一瞬だろうしなぁ」
「気持ちだけ受け取っとくよ。ルゥまで巻き込めないさ」
そう言って俺は飛び立った。ルゥがカラスと言えど、こうして話して、こうして俺に同情してくれる相手を俺達の事情に巻き込みたくはなかった。
ルゥは困ったような様子で屋根の上に立ち尽くしていた。
シェザーナを止めれないことに負い目でも感じているのか。
シェザーナは自分から俺に絡んできたのだし、自分だけで俺を殺すと言ったのだ。ルゥが気を重くする部分はない。
口にした通り、気持ちだけで十分なのだ。
「さて、リーゼリットたちは」
俺はリーゼリットたちを探す。
空から見ればリーゼリットたちはさっきいた場所にはもういなかった。勝手にいなくなって心配をかけただろうか。
俺は羽をバタつかせながらその姿を探す。
同時に頭の中を駆けめぐるのはここからどうするかだった。
『君を殺す。あの女たちも殺す』
シェザーナは確かにそう言った。
理由は俺がシェザーナのモノにならないかららしい。
勝手すぎる。欲しいものが手に入らないからと駄々をこねる子供と同じだ。問題はその子供であるシェザーナはその気になれば街1つ平然と滅ぼせる存在だと言うことだ。
恐らく、俺一人で街から逃げだしてもリーゼリットたちは殺されるだろう。いや、告げ口すれば壁の外にも危害を加えると言っていたし、逃げだせば同等のことが起きるのかもしれない。とにかくシェザーナを刺激するようなことは逆効果だろう。
そして、そもそもリーゼリットたちにどう話したものかも分からない。
『明日ドラゴンが来る』
事情も話さずそれだけでリーゼリットたちが信じるだろうか。
そして、もし信じてもらえず準備もなしでドラゴンと戦うことになったらリーゼリット達は無事では済まないだろう。
どうすれば良いんだ。どうすれば、俺もリーゼリットたちも生き残れるんだ。
俺の頭の中はモンモンとしていた。
その時だった。
「げぇっ!!!?? モンスター!?」
気付かなかったのだ。目の前にコウモリのモンスターが迫っていたのを。
その牙が俺に迫る。
まさか、明日を待たずにここで殺されるのか!?
そう思ったときだった。
『グギャア!!』
目の前でコウモリのモンスターは爆発した。
無残に落下し、黒い煙になって消えるモンスター。
「やっと見つけた!! どこ行ってたのよ!!!」
見れば下にはリーゼリットが居たのだった。
「すまん、ちょっとその辺を飛び回ってた」
「そう、なら良いんだけど。急に居なくなるからウィーゲイツの手下にでも連れ去られたのかと思った」
実際、また襲撃されたのだがそれについては触れないでおく。話す内容がややこしくなりそうだからだ。
俺は頭の中でどう話すべきか考えていた。そこでふと思った。
「なぁ、人が嘘をついたかどうかって確かめる魔法あるのか?」
「なに急に? まぁ、高等だけどいくつかあるわね。頭の中を丸々のぞく魔法使いだっているわよ」
「あるのか.....」
もしかしてシェザーナはでまかせでも言ったのかと思ったけどどうやらしっかり俺が嘘をついたかどうか確かめられるらしい。その嘘発見器みたいな魔法をシェザーナは使えると見た方が良いだろう。
やはり、正直に話すべきではないのか。
「なんか考え込んでない? なにかあったの?」
そんな俺を見てリーゼリットは言った。よほどフリーズしていたらしい。
「い、いや」
俺は咄嗟に答える。
もはや、どう理屈をこねてもどうにもならない気がした。
「明日.....明日尖塔のドラゴンが来るぞ」
なので、とにかく必要な情報を言った。
「はぁ? なに言ってんの? いつもの周期ならまだ何日も先よ?」
そして、当然のようにリーゼリットは答えた。
やはり信じてもらえない。
「さっき....さっき、冒険者が話してたんだ。近くでドラゴンの姿が目撃されたらしいって」
「はぁ? そんな情報あったらすぐにでも私の元に来るはずなんだけど」
「ぐ...」
それはそうか。リーゼリットはこの街でも有名なドラゴンハンターだ。当然情報はリーゼリットに集まるし、集まるようにネットワークを構築してあるんだろう。
出任せのような嘘は通用しないだろうか。
「なんか変じゃないあんた? やっぱりなにかあったんでしょ」
喉元までさっきのことが出かかるが、やはり話すわけにはいかない。
少し考えたがもはや俺の脳みそでは良いアイデアは浮かばなかった。
「とにかく、本当なんだ。1日もかからないところで冒険者がドラゴンを見たって話してたんだよ。気をつけた方が良いぞ」
「ふぅん、なんでそんな必死なのか知らないけど。まぁ、でもこの街はドラゴンがいつ来ても大丈夫なようにはなってるわ。実際、10日の周期が破られたことだって何回かあるんだし」
「そ、そうなのか?」
「この数十年で数えるほどだけどね。でも、いつそうなっても良いように備えはしてあるわよ。あんたがなんでそんなこと言ってるのかも、その情報の真偽も分からないけど、こっちはいつだってあいつと戦う準備は出来てるんだから。心配ご無用」
びしっとリーゼリットは言った。
なるほど、そうか。今回だけじゃないのか。シェザーナの気まぐれは何回かあったのだ。
リーゼリットたちはその前例を知っているから、常に備えはしているのだ。だからと言って大丈夫ということはないだろうが、俺が心配しまくるほどでもないのかもしれない。
少し安心した。
だが、シェザーナが本気で俺達を殺そうとするならどうなるかは分かったものではないか。
「こ、今度はかなり機嫌が悪いって話だ。今までみたいにはいかないぞ」
「ああ、機嫌悪い日なんだ。まぁ、あいつの情緒が不安定なのはいつものことだけど」
「し、知ってるのか、情緒不安定なこと」
「戦ってたらなんとなく分かるわよ。機嫌良いとか悪いとか。私の見立てじゃ相当な気まぐれよあいつ」
なんてこった。直接話してもいないリーゼリットはしっかりシェザーナの性格を把握しているらしい。これが歴戦のドラゴンハンターなのか。
「っていうか、やっぱりあんたなんか変ね。でまかせみたいな雰囲気なのに若干の信憑性を感じるっていうか。あんた、その情報の出所冒険者じゃないでしょ」
ずい、とリーゼリットは詰め寄ってくる。
す、鋭い。
そして、圧迫感がすごい。凄みがすごい。端正な顔が間近まで寄ってきて俺を追い詰める。
なにも言わないわけにはいかない。
俺はしばし思考する。それがまたリーゼリットの疑念を強める。
そして、
「か、カラスの仲間に聞いたんだよ。人間嫌いであんまり自分が教えたって言わないでくれって言われて」
そう言った。
頑張った言い訳だった。
「ふぅん」
リーゼリットは顔を上げた。
少しの間鋭い眼光で俺を睨む。
カラスだが冷や汗が流れるのを感じた。
「なるほど、なんとなく納得だわ。なんか人間からの情報じゃないっぽい気がしたから」
ぎくりだった。本当に鋭い。
「まぁ、カラスの情報の真偽がどんだけのものかは知らないけど。でも、まったくあてにならない感じでもない気がするわね。一応みんなに声かけとくわ」
「し、信じてくれるのか? でも、すごい機嫌の悪さらしいぞ。殺されるかもって話だぞ」
「大丈夫よ、アンタがいるから」
「えぇ」
なんか、信じて貰えるのは嬉しいけど。ちょっと期待されすぎじゃないだろうか。
俺が居るから大丈夫って。本当にそんなに上手くいくのか。
「大体、あいつと戦う時点でみんな殺される覚悟はしてるわよ。そういうものよドラゴン狩りって」
リーゼリットは肩をすくめて、やれやれといった感じで吐き捨てた。
なんだか、すごいやつだった。そうか、俺が一番分かっていなかったのはむしろこいつとその仲間たちのことだったのかもしれない。
明日ドラゴンが来ようが、殺される可能性が高かろうが、あんまり関係ないのだ。最初からそんなものは想定してドラゴンと戦っているのだ。
そうだったのか。いらない心配だったのかもしれなかった。
「さぁ、あと2カ所。さっさと術式張って帰るわよ。あんたの言い分じゃ明日来るんだし。さっさと帰って休まないと」
「お、おう」
そして、リーゼリットはもう切り替えてそう言うのだった。
そして、俺達は今までの話なんかなんでもなかったかのように、次の術式を張りに行ったのだった。
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