第12話 リーゼリットの相棒

 そして、俺たちは壁沿いに街をかなり北に登ったところまでやってきた。ちなみに正門は街の1番西に位置している。


 しかし、街はどこまでもどこまでも続いている。


 本当にこの城壁の周りをぐるりと一周しているのだろう。


 この辺は住宅街なのだろうか。


 市場があったあたりほどの喧騒はなかった。



「あの家ね」



 そう言ってリーゼリットはホウキの高度を落としていった。


 俺も続いて降下していく。


 今回は別に急ぐこともないからか、リーゼリットは速度を上げなかった。なので無理なくついていけた。


 この羽で飛ぶという移動方法にもずいぶん馴染んできた。



「いるかしら。昨日はドラゴンとの戦いに来なかったから別の街に行ってるかも」



 そして、リーゼリットは一軒の家の前に降り立った。


 煙突がついたRPGとかでよく見るような煉瓦造りの家。


 俺はリーゼリットの肩に止まる。


 リーゼリットはコンコンと家のドアを叩いた。



「レナ、いる?」



 リーゼリットは家の中に呼びかけた。


 家の中からは物音がしなかった。



「留守なのか?」


「いや、これは潰れてると見たわね」



 リーゼリットがドアノブを回すとガチャリとドアが開いた。


 鍵はかかっていないようだ。


 それと同時に。



「すんごい酒臭いな」


「まぁね」



 リーゼリットは呆れ顔だった。


 家の中は酒の匂いで充満しており、机だの棚だのの上は酒瓶だらけだった。


 住んでいるのはとんでもない酒飲みのようだった。


 そして、



「うぅん...誰だ」



 ソファの上でもぞもぞと動く人影があった。



「レナ。仕事を頼みに来たんだけど」


「その声、リーゼリットか? 今何時だ?」


「もうお昼よ、レナ」


「もう昼? なんてこった」



 そう言ってソファから起き上がったのはセミロングの黒い髪の女だった。


 そして、完全な下着姿だった。


 女の子胸は実に豊かだった。



「わ、わぁぁ」



 俺は小さな叫び声をあげて視線を逸らした。



「あ、レナ。なんか着てもらえる? こいつカラスのくせに女の裸見たら真っ赤になって恥ずかしがるのよ」


「なんだ? 使い魔を作ったのか。というかカラスなのに真っ赤になるのか?」


「ものの例えよ」



 視線は窓に向けているが、ゴソゴソと衣擦れの音が聞こえる。なにか着ているらしい。


 ようやく俺が視線を戻すと皮のズボンとシャツというラフな服装になっていた。


 本当に良かった。


 そして、女は、レナは俺たちに近づいてくる。


 それと同時に強烈な酒臭さが漂ってきた。



「ちょっとレナ。昨日飲み過ぎたでしょう。それでドラゴンが来たのに顔出さなかったのね」


「一昨日にいい酒が入ってな。飲まないのは失礼だと思ったんだ」



 レナは真顔で言っている。



「なぁ良いわよ。それで仕事に行くから一緒に来て欲しいんだけど」


「ほぉ、それはありがたい。ちょうど持ち合わせが減ってきたところだったんだ」


「でもその前に昼食ね。なにか食べにいきましう」



 そして、俺たちは街へ戻るのだった。









「そうか、昨日のドラゴンとの戦いも戦果なしか」


「まぁ、氷結魔法が効果アリなのは確かみたいだから。そっちの方向で戦略を練ろうと思うけどね」



 そうやって会話する俺たちの前には切られたでかいキノコの乗ったピザやら妙な形のフライドポテトやらチキンの丸焼きやらが並んでいた。


 なんてジャンクなメニューなのか。


 俺たちは料理屋に来ていた。



「酒を頼みたいな」


「ダメに決まってるでしょう。今から仕事なのに判断鈍らされたらたまらないわよ」


「むぅう」



 レナはものすごく残念そうだった。どれだけ酒が好きなのか。


 というか今も酒が抜けていないのではないのか。


 飲酒状態なのではないのか。



「あんたはなにか食べる?」


「じゃあ、そのウインナーを」


「はいはい」



 リーゼリットは俺にウインナーを一本皿に乗せて渡してくれる。



「うまうま」



 俺はそれをつついて食べる。肉汁がジューシーで美味しい。



「しゃべった!?」



 そして、レナは叫んだ。



「そのカラス、今しゃべらなかったか!?」


「そうなの、本人もよく分からないらしいんだけど、女神の奇跡ってやつらしいわ」


「こ、これが女神様の奇跡なのか。初めて見た。すごいな」



 レナは目をしばたかせながら俺をまじまじ観察してくる。


 やはりしゃべるカラスなんか物珍しいのだろう。


 今までは雑踏に声をかき消されたりしていてからこうやってちゃんと人前でしゃべって、ちゃんと反応されるのは初めてか。


 いや、シェザーナがいたか。だが、あの少女の場合はどうも例外な気もする。



「君はなんていう名前なんだ? 出身は? 家族はいるのか?」



 レナは興奮気味に聞いてくる。食い気味すぎてこっちがたじろぐほどだ。



「ちょっとぐいぐい来すぎよ。トーマが困ってるじゃない」


「トーマという名なのか! おっとすまない、こっちの自己紹介がまだだったな。私はレナ、一応ダイヤクラスの冒険者をしている。この街に来てもう6年。リーゼリットっと組んでよくクエストをこなしているんだ」



 ダイヤというと市場の店の人とリーゼリットの雑談によれば上から2番目か。10段階の上から2番目だから相当な力量だと思われる。


 ただの酒飲みではないのか。



「悪いわねトーマ。この子動物とか大好きなのよ」


「いやぁ、動物としゃべれるなんて感激だ! ウインナーを食べてるけど肉が好きなのか? 私のも食べると良い」



 そう言ってレナは馬鹿でかい肉の塊を俺の前に差し出す。食べれそうにないが厚意を無碍にもできないので俺は頑張ってつついた。



「で、レナ。仕事の話なんだけど」


「ああ、この後行くんだな。家に戻って準備をする。目星はついているのか?」


「ええ、昨日見た中からいくつか。その中で残ってるのから選ぶわ」


「了解だ」



 そう言いながらレナの目は肉をつつく俺にずっと注がれていた。かなり目を輝かせている。よほど喜ばせたらしい。



「トーマ、これも食べると良い!」



 そう言ってレナはマッシュポテトの皿を差し出してくる。


 厚意を無下にはできない。俺は頑張ってつつく。だが、頑張りにも限界はある。俺の小さな胃袋はもういっぱいになりつつあった。



「なに無理してんのよ」


「せっかくもらったから」


「気を使ってくれるのか。トーマは善いカラスなんだな!」



 レナはさらに目を輝かせていた。


 そして、間も無くして俺はギブアップして。残り物をレナが全て平らげ、俺たちは料理屋をあとにするのだった。

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